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「すみません、お母さん。今日はわたしも同行させてもらっちゃって、ありがとうございました」
「いいのよいいのよ。康隆がひとり暮らしをすれば、美蘭ちゃんもちょくちょく遊びに来るんだろうなあとは思ってたから。どうせなら美蘭ちゃんにも選んでもらいましょって言ったのはわたしなの」
「え、そうだったんですか!?嬉しいっ」
「これからも康隆をよろしくね。今日は忙しい中、わざわざ途中から参加してもらってありがとう。ほら、急がないと。これから親戚の集まりでしょう?」
またね、と手を振る彼女の傍、康隆は美蘭の腰に手を置いて、そっと自身に近寄せる。
「じゃあ、ここを今のところ第一候補にしとくわ」
「うんっ。オーケー」
「また連絡する」
じゃあな、と言って額へ軽く落とされたキスに、美蘭の心がキュンと疼く。付き合い始めて二年という年月が経過しても、彼女は日々、康隆にときめかされている。
本当に好きなんだなあ、わたし。康隆と離れ離れになるなんて、もう考えられないよ。わたしには一生康隆だけ。康隆しか考えられない。
彼へ対する愛をひしひし感じ、名残り惜しみながらもその場を後にする美蘭。先を急いだ彼女がヒールを鳴らし、共用廊下を進んでいると、ふいに前からやって来たひとつの人影とすれ違う。
あれ?今の人の制服……
その時カツン、と美蘭の足が止まったのは、すれ違った男性が身に纏っていた制服に、見覚えがあったから。振り返り、彼の背中を目で追うと、その姿は迷うことなく、とある一室へと消えた。
あ、やっぱり二〇四号室入って行った。じゃああの人も、このあと康隆に色々物件の説明とかしてくれるのかな。
今日物件探しに同行してくれている不動産屋の女性から、「あとからもうひとり、うちの人間が来ます」とは聞いていた美蘭。彼女と同じ制服ならばあの人がそうなのだろう、と思うと挨拶のひとつでもしたくなったが、それはプルプルと鳴った着信音に阻まれた。
「ちょっと美蘭、遅いじゃない!お爺ちゃんの誕生日に、可愛い初孫が遅刻してどうすんの!」
「ひえええっ!ご、ごめんっ、今行くう!」
電話を切り、先を急ぐ。美蘭が次にこのマンションを訪れるのは、康隆が引っ越したその後だ。
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