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こころのなかで大切に育て上げた可憐な花束を、踏みにじられた気持ちになった。――もっと桐島を驚かせたのは。桐島がせっかく現場を押さえて止めた、というのに。あの女性は、その場から逃げ出してしまったのだ。男の手を掴んだまま拘束することに必死で。女性の後を追うことなどままならなかった。桐島は、その場で、痴漢野郎の身分証明、個人情報等をばしばしとスマホのカメラで撮り、再犯でもしたらネットで拡散してやる、と脅してやった。――遠巻きに見ている連中は興味本位で、そこまでやるか? という顔を露骨にしている者もいたのだ――しかし。
か弱い女性が被害に遭う。この事実はいつも、桐島の胸を激しく切りつける。何故なら――。
自分には、救えなかった。――なにも彼女は悪いことをしていなかったのに。卒業式の打ち上げでそれで――。
そしてそのあとの自分の反応も最悪だった。いま思えばもっと――彼女に寄り添うことが出来たはずなのに……自分は。
拒む彼女に動揺し。結果――惨めな結末が待っていた。
その黒十字は深く深く桐島の胸に刻まれ、未来永劫、桐島がそれから解き放たれることなど、ない。
* * *
(ああ……もう、最悪だった)
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