東の渡し

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東の渡し

「それが今日だと、いうのか?」  前方を見すえたまま、旅人が訊いた。 「そうじゃ、旅の人」  船頭が答えた。  「御覧なされ、西の浮島にも、東の浮島にも、ほれ、たいそう賑やかな市が、三日市と呼びまする」 「ん、渡しも、賑やかそうだ、ウヌは、どっちの船頭だ、西か、東か?」 「ワシは、東から西への渡し、ですわい」 「すると、帰りは、西から東への客をとる、なるほど、儲かる日だな、新月は」 「とんでもねえ、帰りは客ナシ、儲けなし、精のないこと、このうえなし、ですわい」 「ほう、してみると、ウヌは、怠け者か?」 「とんでもねえ、掟でさあ」 「掟? いったい、だれの、なんのための、掟だい?」 「だれの?…なんのための?…」 船頭は、呆れ顔で、旅人をみた。 「はて、旅の人、ヌシゃ、どこから来なさった?」 「オレか、北の海だ、波にさらわれ、潮に流され、着いたところが、この島だ」 「北も南も、東も西も、どこでも海は荒いもの、察するに、北は北でも、東の方角だね」 「かもしれん」 「いえね、流れつくのは、たんと、おるんじゃが、西の半島からは西の浮島、東の列島からは東の浮島、てな具合に、ちゃんと選んで、流されてくるんじゃよ、妙じゃろ」 「妙なもんか、浮島は、西と東の、助け舟みたいなものよ、西の溺れ人は西の、東の溺れ人は東の助け舟に、すがりつくものさ」  はなしているうちに、西から東に渡る船が、近づいてきた。船頭を除けば六人の老若男女、土産物をどっさり買い込み、それぞれ満面に、笑みを浮かべていた。 「みな、楽しそうだな、満足してるな」  旅人がいった。 「そりゃ、そうですわい」  船頭が応じた。 「見なされ、ヌシには、初めてじゃろうが、ほれ、みな、腰に縄を巻いておろうが」 「フム、巻いた縄から、ほらほら、長い細縄が垂れてるぞ」 「よく見なされ、垂れた細縄を」 「ン!」 「結繩じゃ、結び目が、いくつも、ついておるじゃろが」 「たしかに」
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