インスタント探偵現わる!

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インスタント探偵現わる!

「な、何をする……やめろ!」 怒号(どごう)が、室内に響き渡る。 男は苦悶(くもん)(ゆが)む顔を背後に向けた。 黒い影が男の背中に、ナイフを突き立てている。 「ぐうっ!」 断末魔(だんまつま)(うめ)き声と共に、男の体が崩れ落ちる。 黒い影は、大きく肩で息をしながら笑みを浮かべた。 激痛の走る左手を押さえながら…… ************ 三分間── これを長いと思うか、短いと思うか── 探偵、即席(そくせき)軽太郎(けいたろう)にとって、それは愚問(ぐもん)以外の何ものでも無かった。 人の感覚は人それぞれだし、仮に「長い」と答えても「なんで?」と返されたら説明に(きゅう)するのは明らかだ。 「長いものは長い」と感覚論で突っぱねるか―― 「聞かれたから答えたまでだ」と開き直るか―― 「神の(おぼ)し召しだ」と煙に巻くか―― まあ、そこは答え手の個性と手腕(しゅわん)次第だが。 ちなみに、私なら…… 「ケイたん、のびちゃうよー」 間伸(まの)びしたアニメ声に、軽太郎の瞑想(めいそう)は破られた。 巨大な丸メガネ越しに、助手のリン子が見つめている。 「いや、もう少し。あと十秒……てか、その呼び方やめなさい」 軽太郎は憮然(ぶぜん)とした顔で注意すると、目前のカップ麺に意識を集中した。 ……ごぉ、よん、さん、にぃ、い〜ち! ほい来た、今だっ! 慣れた手つきで、アッと言う間にフタをはぎ取る。 担々麺(たんたんめん)の刺激臭が、鼻腔(びくう)をくすぐった。 「む〜ん。パーフェクっ……!」 最後の「ト」は言わない。 その方が、カッコいいからである。 「ねー、いつも思うんだけどさー……なんで三分きっかりに開けないのー?ケイたん」 また間延び声で、リン子が問いかける。 「そんな事も分からんのかね……だから、その呼び方やめなさいって」 半開きの口で見つめる助手に、軽太郎は眉をしかめた。 「リン子、カップ麺の長所は何だ?」 「えー……それって……手軽なとこ……かな」 「そう。時間に追われている者にとって、カップ麺はまさに神の食材だ。お湯さえあれば、いつでもどこでも腹が満たせる」 「たった三分で、できちゃうもんねー」 「(しか)り!……ただし、調理の速さと美味(おい)しさは別もんだ。三分というのは、あくまで揚げ麺がまでの時間──インスタント食材の研究者が、試行錯誤(しこうさくご)の末に導き出した実食可能な最短時間に過ぎない」 「なんか、言い方がスゴイね」 「麺の美味さは、ダシが具材に染み込み、全体に(うま)みが行き渡って初めて現れる。重要なのは、三分でなのだよ」 カップ麺を片手に、力説を続ける軽太郎。 「そして、私が長年のカップ麺生活から導き出した答え――つまり、至高(しこう)の味を引き出すベストタイムが、この十秒の誤差なのさ!」 そう言って、軽太郎は高々と容器を(かか)げた。 「そっかー。だから、いつも十秒数えるんだー。『長年のカップ麺生活』と言うのが、なんか(むな)しいけどねー」 納得したように(うなず)くリン子。 「さっすがー、ケイたん。よっ!カップ麺の神様!」 「ふんふーん!」 おだてるリン子に、鼻を鳴らす軽太郎。 としか言いようがない。 「さてと、仕上げは添付のを入れて……」 軽太郎が調味ペーストを開封しようとした時、電話が鳴り響いた。 「はーい。即席探偵事務所でーす!」 人気アイドルの舞台挨拶ばりに、リン子が応対する。 なぜかVサインを出している。 「あ、伊達牧(だてまき)警部……おひさでーす!」 満面の笑みを浮かべ、誰もいない空間に手を振る。 一体、どこに向かって愛想(あいそ)振りまいてんだ? 「はいはーい。了解でーす!すぐ行きまーす」 間髪(かんぱつ)入れず即答し、受話器を置く。 わずか十秒の会話だった。 「ケイたん、事件だってー。警部がすぐ来てくれってー」 そう言って、リン子はそそくさと身支度(みじたく)を始めた。 口調は間伸びするくせに、行動はやけに速い。 伊達牧警部とは、ある事件を解決して以来の付き合いだ。 手に余る案件が出てくると、所構(ところかま)わず呼び出される。 まさに【お手軽(インスタント)探偵】という訳だ。 「なんだ、また事件か?」 「そーみたいよー」 フリフリのついた衣装を(まと)いながら答えるリン子。 どう見ても、メイド服のコスプレにしか見えない。 「まったく、これから食事だって時に……何があったって?」 「来れば分かるって……ほら、行くよー」 すっかり外出用意の整ったリン子が、軽太郎の腕をとる。 「いや、待て!だから食事なんだって……」 「ほらほら、お洋服()まちょーねー」 幼児口調で、軽太郎の肩に手を置くリン子。 次の瞬間── 「ふんっ!」 気合い一発(いっぱつ)! そのまま軽太郎の体を持ち上げると、一気に上着を羽織(はお)らせた。 (すさ)まじいパワーと速さだ。 「し、しかし……私のカップ麺が……」 「いいから、いいからー!」 机上のカップ麺に伸ばした手が空を切る。 「やばーい……麺が伸びちゃうー!」 思わず口調がリン子になる。 「せ、せめて……ひとくち……!」 「時間無いしー。ほら、急いでー!」 【ひょっとこ】みたいに口を突き出す軽太郎…… その襟首(えりくび)を掴み、戸口まで引きずるリン子…… プロレスラー並みの怪力に、なす(すべ)も無かった。 「人間、(あきら)めが肝心だよー!ケイたんっ」 「だから、その呼び方はやめ……」 バタンっ! 戸の締まる音が、最後の言葉を(さえぎ)る。 オレのがぁぁっ……と叫ぶ軽太郎の声は、(はる)彼方(かなた)へと消え去っていった。
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