4人が本棚に入れています
本棚に追加
億日紅が咲いている。
別名は、というか、もとの名は桜。
散り際が最も美しい花。
その儚さが象徴だったというのに。
散ることのなくなったこの薄紅など、青空を隠す障害物でしかなくなってしまった。
凍てつくような川沿いの明け方。
あの国ではどこへ行っても、川沿いの土手の億日紅という風景があった。
誰も見向きもしないというのに、形だけ残った桜並木。
まさか海を渡っても出会うとは思わなかった。
自分の視覚回路をいじって、桜の散る風景を投影する。
億日紅の終わりのまやかし。
ひらひらと降り注ぐ薄紅の雨。
「好きだったよ。
最初に会った時から」
思い出してしまう。
白い羽根が振るあの日の光景。
“壊さなければ”
それを知るために近づいた。
でも、知りたくなかった。
「行こうか」
肩の上で首を傾げた小鳥は、足に識別コードをつけている。
ユーグがあの場で作った捕獲用プログラムをもとに、手懐けた白告鳥。
その小鳥は、トナの肩を飛び立ってしまった。
「あっ」
まあいいか。
最も知られたくない秘密を。
最も知られたくない相手に。
告げに行ってしまった。
終
最初のコメントを投稿しよう!