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億日紅を知っているか。
枯れることを忘れた花。
かつて百日紅が、その花の咲く時の長さに悲恋を語られ。
千日紅が、色褪せぬ永遠の恋を象徴していたように。
遺伝子操作により、不老不死を咲き続ける花。
川沿いの道。
植えられた億日紅が、風に吹かれて揺れる。
コートの襟を立てる。
望んでもいないのに、ニンゲンによって与えられた永遠の美しさなど、もはや誰も見向きもしなくなった。
地下鉄の乗り換え最短ルートを検索し、時間の逆算を電子脳に処理させる。
歩き出そうとした時。
視界にふと、何かが横切る。
今映ったのはなんだ。
目を動かす。
電子脳の視界スキャンを起動するまでもなく、それは目の前に降りてきた。
白い、羽根だ。
柔らかな綿毛のような、軽い。
手を伸ばす。
手のひらに乗せる。
これは何だ、と。
電子脳に問う。
「トナ」
目を閉じて検索しようとしていたら、いきなり名前を呼ばれた。
仕事を依頼しているハッカーの少年だ。
なぜか彼はいつも、用があるたびに相手の電子脳をハッキングしてくる。
通常回線で呼び出しをしてくれた試しがない。
心臓に悪いと何度も言っているが、一向に改善しない悪癖だ。
「ユーグ、あと…37分でそっち行くけど」
『レンが入院した』
レンスケも同じ仕事仲間だ。
「少年院?」
『病院だよ』
「そっちか」
歩き出す。
「大丈夫なの?」
『病院のカルテを見る限り無事だ』
さっそく入院先に侵入してデータを盗み見ているらしい。
「見舞いに行くよ」
『病院の場所、送る』
「未成年管理局は」
『カルテの保険情報をいじったから来ないよ』
管理局の奴らに見つかると厄介だ。
戸籍とか、親とか、後見人とか。
レンもユーグも未成年。
トナなど戸籍も存在しない。
「そう」
通信を終える。
目を開く。
行き先を変更し、ルートを検索し直す。
手に乗っていた羽根は、なくなっていた。
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