白告鳥

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鳥は、電脳世界のウイルスだ。 現実世界には存在しない。 しかし電脳リンクした目で見れば視界に映る。 小鳥の姿をしている。 羽音もする。 単性生殖で増える(ウイルス)。 その姿を見たら最後。 感染し、秘密を抜かれる。 被害者はひそかに増えている。 違法行為。 裏切り。 不倫。 最も重要な秘事を抜き取られ、脳内の制御チップに不可逆的な損傷を負う。 秘密を電脳世界に暴くのは、それを知らされた相手だろう。 多くの者は、相手への怒りと贖罪に囚われ、気にも留めない。 しかし調べれば皆、思い出したように口を揃えていう。 “小鳥を見かけた”と。 「トナ」 耳元で呼ばれる。 大病院のロビーで館内地図を検索していたところだった。 「レン、入院してるはずじゃ」 ジーンズにパーカー、ニット帽姿の少年を見上げる。 「し、  抜け出してきたに決まってんだろ」 腕を掴まれ、そのまま出口へ歩き出す。 足取りはしっかりしている。 「身体は?」 「なんともない。  チップが動かないだけ」 頭を指す。 「それって、出口のゲートで引っかかるぞ」 ID認証無しに出入りはできない。 どうするつもりかと見上げるトナに、レンは笑った。 「突破する!」 走り出した。 「まじか」 トナを先にゲートに突っ込む。 何事もなく通り抜け。 レンに対してはブザーと警告灯。 ロビーにいた人々が振り返る。 ゆく手を塞ごうとする2枚の板を飛び越える。 警備員に追いつかれる前に建物を出る。 防犯カメラがこちらを見ている。 人工草木の前庭を駆け抜ける。 通りに出て人混みに紛れる。 すぐにユーグから、例のごとく強制通信が入った。 『レンは?』 「一緒…!」 『今、診療録とカメラの画像消して回ってる。  ゲートのトナのログも』 「私のは後でいい」 ふと、レンを見る。 彼は首を傾げる。 「ユーグから、  とりあえず帰ってこいって」 耳をトントンと叩く。 「了解」 チップが働いていないのだ。 通信もできない。 ひとまずトナが、レンを連れて行かなければ。 ルートを検索すると、しきりに地下鉄やバスを勧めてくる。 その勧めを断って、徒歩のルートを出す。 4時間ほど歩くことになりそうだ。 「こっち」 レンはいきなり、ルートと逆に歩き出す。 「待って、そっちじゃ」 「駅のホームに侵入できるところがある」 細い路地に入り、ビルと金網の隙間を通って、コンクリートの塀を乗り越える。 「重っ」 「うるさい」 ヒトに抱えられるのには慣れていないのだと、トナはふくれる。 レンは慣れた手つきでトナの腰を支え、跨いだ塀から降りるのを手伝う。 「本当についた」 ゲートを通らずに駅のホームに降り立つ。 防犯カメラを避けて柱の影に立つ。 「こういう抜け道を見つけるのが、  楽しいんだよ。  仕事にも役立つ」 ちょうど来た電車に乗り込む。 仕事というのは、ユーグとやっているハッキングのことだ。 金をもらってシステムに侵入し、データを盗んだり壊したり。 そうやって稼いでいる。 「いつから仕事しているの」 「ずっと昔から」 電車が動き出す。 車内では、人々は俯いている。 電脳世界でニュースをチェックしたり、動画を観たり、音楽を楽しんだりしているのだろう。 「ユーグとふたりで」 「そうだな」 トナがふたりに鳥探しを依頼したのは、ごく最近のこと。 界隈では噂になっている。 偽造とハッキングの腕は一流だ。 直接聞いたことはないが、数年前には国立電子研究所に侵入し、機密の人工知能やウイルスのデータを盗み出して、そのまま逃げおおせたのも知っている。 会ってみれば、まだ学校に通っているはずの歳だというのに。 「鳥を見つけた?」 「…多分な。  電脳世界に張った罠にかかってた。  ただすぐに網を破って逃げられて、  追った俺が返り討ちにあった。  ユーグでも手強い相手だ」 「秘密を抜かれた?」 「…いや」 浮かない顔だった。
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