2人が本棚に入れています
本棚に追加
淡い青を湛えた空が、一面に広がっている。ひなたへ出れば暖かい。もう春が来たのだと、つい騙されそうになる。辺りの木々はまだ蕾のままだった。
一方、彼女として彼の家へ行く約束を取り付けた私にはほんの「仮初」の春が訪れていた。
彼との距離を近づけるため、私の友人に彼への感情を打ち明け、彼の友人と知り合い、そのうえで、さりげなく彼と目を合わせる回数を増やすなどした。
しかし彼は、むしろこちらへ見せつけるように他の女性たちと会話した。弾けるような笑みを彼女たちに向ける。私にはしたり顔をちらちらと寄越すだけだ。しかもそのうえで「彼女欲しいなあ」などと白々しくのたまう。そこに何かメッセージが込められているとしたら──。
「さようなら、かな」
小さく呟いた言葉が、およそ女子大生が住んでいるとは思えないほど散らかった部屋に、虚しく吸い込まれた。
「私と、付き合って、ほしい、です……」
尻すぼみになり、何とも情けない告白になってしまった。希望を捨てられなかった私は、砕ける覚悟で、言葉を放った。歯を食いしばりながら俯いた。
ところが、彼はとろけるような甘い声で「いいよ」と返事をした。
その瞬間、私の脳内で激しいサンバが流れ出した。当時はただ目を丸くして固まるだけだった。けれど家に帰ってから彼の言葉を思い出しては即興で踊り、箪笥に小指をぶつけた。
いや、だめだ、と自分の頬を叩いた。
浮かれに浮かれたが、私はあくまで「歴代彼女の一人」でしかなかった。愛の告白なんて、所詮はお互いの立場を保証するための契約だ。彼への感情が膨らみすぎないように自分を騙し続けてきた。相手も同じ熱量を抱えていることを求めつつも、理想はただの理想なのだ。
防御線を張り巡らしたところで、彼の家へ急いだ。
最初のコメントを投稿しよう!