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せめて、もう少し
「ただいま」
いつもどおりを意識したが、声も顔も暗くなっている気がする。こんなことでは駄目だ。余命半年だなんて、とても言えない。
「おかえりなさい。どうだった?」
努めて明るく聞いてくる妻に奮い立たされるように、俺も無理矢理に口角を上げた。
「あぁ、何てことない。……ただの風邪だったよ」
言えない、今はまだ。せめてもう少し、落ち着いた場所で言おう。そうだ、食事のあとがいいだろうな。
そんなことを考えながら笑う俺に、妻は同じように笑った。しかしその内心の不安に気付いたのか、答える声は低かった。
「……そう、良かった」
妻のそんな反応が可哀想で申し訳なく、いっそのこと今、正直に全て話してしまおうかと思った。一度安心させておきながら悲しませることになるのも、どこか不安を感じさせているのも可哀想だ。何より、こんなに心配してくれる彼女に嘘を付くのが嫌だった。
すっと息を吸って声を出そうとしたが、それよりほんの一瞬先に妻の方が口を開いた。
「それじゃあ、ご飯にしましょうか。あなたの好きな天ぷら、すぐにできるから。たくさん用意したから、いっぱい食べてね」
明るく言ったつもりだろうが、どこか暗い目に、やはり不安を感じさせているのだろうと罪悪感が胸をつく。
しかしそれでもいつも通りに振る舞う妻に、俺も同じように返事をする。
「あぁ。楽しみだ」
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