最期の選択

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最期の選択

 翌日、俺は再び病院を訪れていた。すぐにでも入院をと言われてはいたのだが、とりあえず昨日は妻に話をしたいと言って帰らせてもらっていたのだ。  そして今、俺の前には渋い顔をする医者が座っている。それはそうだろう。入院も積極的な治療もしないと告げたのだから。   『余命半年を受け入れる』。そう決めたのは昨日の晩だった。風呂場にこもったままの妻を待ちながら、ひとり寝室で考えていた。  医者の言うとおり、入院して治療をし、病気と戦って余命を延ばす道。  延命などせず、ただ静かに残された時間を過ごす道。  どちらの道を選ぶのか。たぶんそれは、最初に医者に宣告されたときから決まっていた。以前、妻が俺に話してくれたことがある。彼女が高校生のころ、祖父が病気になり、長く病院で苦しんで亡くなったことを。それは本人だけでなく、家族までもを苦しめたのだという。 『早く死んでくれればいいのに』。痛いと苦しむ祖父への同情と、それ以上の看病の重さから、いつしかそう思うようになり、後にそう思ってしまったことで自分を責めていたのだと。 『だからね』、と彼女はそのとき続けた。『もしもわたしが病気になってしまったら、病院じゃなくてこの家で静かに最期を迎えたいの。あなたの隣で』。  あのとき俺は何と答えたのだろうか。『病気になんてならない』と苦笑しながら言ったのか、それとも『分かったよ』と答えたのか。覚えていないけれど、今は何よりも妻にかつてと同じ後悔はさせたくないと強く思う。それに『死んでくれればいいのに』なんて思われるのは嫌だ。だから俺は、妻が話したのと同じように、この家で静かに最期を迎えたいと思う。
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