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 やがて宣告された半年が過ぎ、それでも俺はまだ何とか生きていた。もうすでに自力では起き上がることすらできず、体の世話は(もっぱ)ら、雇った看護師に任せっきりだった。やっと生きているというこんな状態でも妻は穏やかに俺を見守っていてくれた。体が痛いと呻けば、それが夜中であっても手を握り体をさすってくれる。体調が良い日には出会ってからこれまでのたくさんの思い出を語り合った。    こんなに穏やかに過ごせるのは妻のおかげだ。こんなに素晴らしい彼女と一緒にいられて、俺は本当に幸せだ。もう、何も思い残すことはない。妻を残してしまうのは悲しいし申し訳ないが、運良く株で大きな儲けを出し、それを元手に充分な遺産を残すことができていた。それがあれば、まだ若く魅力的な妻のことだ、きっとすぐに良い相手が見つかるだろう。  俺以外の男に妻を託すなど、病気になる前は考えることすらなかった。だけど今はむしろそれを望んでいた。自分がいなくなったあとも、妻には幸せにいてほしかった。そう話すと、彼女は寂しそうに笑っていた。    こうして穏やかに覚悟を決めていたが、とうとう最期のときはやってきた。  余命を宣告されてからおよそ七ヶ月。俺の臨終を告げるために医者が呼ばれた。ついに目も見えなくなり、呼吸もできなくなっていく。   「……御臨終です」    何も見えない暗闇の中、そんな声が聞こえた。途端に妻が大きな声を上げて泣くのも聞こえる。    そうか、俺は死んだのか。死んだあとも耳は生きているとあったが、あれは本当だったんだな。    妻の泣き声に、既に止まっている心臓が押し潰されそうになる。ごめんと伝えたいのにそれすらできずに悔しく思っていると、医者が何か言って出ていくのが聞こえた。扉が閉まる音がしたあと、すぐ近くから妻の声が届いた。   「ねぇ、聞こえてる?」    ズッと涙をすすったあと、妻はいつもの柔らかな声で話し始めた。
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