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目が覚めると自分の部屋のベッドにいた。
学校から持ち出したイーゼルや家から持ってきた敷物は元の場所に戻っていて、何事もなかったかのような顔をしていた。
両親に話しても、同級生に聞いても、学校の担任に相談しても、瀬奈という名前に聞き覚えがある人間はいなかった。
スマホのメモリーを漁っても、アルバムを隅から隅まで探しても、彼女を撮った写真は全て姿を変えていた。海月の隣に、ぽっかりと空間があるだけ。
彼女は消えたのだ。人々の記憶からも、彼女を証明する記録からも。
あるのは、海月の記憶の中にいる彼女だけ。海月が覚えている想い出だけだ。
海月は、成人して高校を卒業した今も絵を描いている。
海月の大事な、親友の絵を。
アルバムの写真を見ながら、空いた隙間を埋めるように、スケッチブックへ筆を走らせる。あの時浮かべていた彼女の笑顔は何だったか、あの時彼女は何に笑っていたのか。
何度も何度も、思い出しては手を動かす。
彼女が何者で、天使がどういう存在なのか、考えても調べても、結局何も分からなかった。海月はもう、親友を知ることも理解者になれることもないのだ。
あの日彼女が言ったように、この行為に意味はないのかもしれない。親友の本当の姿をいうものを海月は知らないし、本当の名前だって知らない。もしかしたら、彼女が言っていた言葉や、伝えてくれた感情も嘘なのかも分からない。
けど、彼女と過ごしたあの楽しい日々は、偽物なんかじゃないと思うのだ。
真っ白な紙にうつしだされたのは、二人の少女が笑いあう姿。
海月の部屋の床には、足の踏み場もないほどの『想い出』が募っていっている。
この行為が無駄なのだとしても。
「いつか描くよ……あなたとの想い出、全部……」
海月は新しいスケッチブックを取り出し、ページをめくってイーゼルに置いた。
静かな部屋に、紙と鉛筆がこすれる音が響く。
天月海月は、海で出会った親友を忘れない。
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