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「こんにちはーー!」
軽快に扉を叩く音を聞いて、手元の本から顔を上げて壁にかけてある時計を見た。
時刻は午後2時を指している。
もうそんな時間かと思いながら玄関へと行き扉を開けると、そこには背に大きな翼を携えた男が1人立っていた。
「こんにちは!いつもご利用ありがとうございます!銀の配達屋、マシェルです!今日は寒いですね〜!手紙を持ってきました!」
「はい、こんにちは。遠いところまでご苦労様!良ければお茶でも飲んでいかない?」
厚手のコートに耳当て、手袋と防寒対策をバッチリと決めた彼の髪には薄っすらと粉雪がくっついている。
防寒対策をしていても肌が露出しているところを見ると、みている側はとても寒そうに見えるのだけれどね…。
それでも声が震えることなくいつもの口上を口にするのは、やっぱりすごいなと感心することでもあった。
手袋を外して鞄を開けると中には大小様々な紙束が紐で括られて入れられている。
その一つを掴み、私の方へと渡しながら困ったような笑い顔を向けた。
「ではお言葉に甘えて!……と言いたいところなんですけれど、今日はちょっと遠いところまで行かなきゃならないので、また今度でお願いします!」
「残念……なら、今日クッキーを作ったから持って行って!いつも配達してくれるお礼よ」
「本当ですか!俺このクッキー大好きなんですよ!」
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
何せ自分の家でやっていることといえば研究、調合がほとんどを占めている。
料理もするが息抜きに近いため、同じ物を1人では消化しきれないほどに作ってその度に知り合いに配り歩いているような物なのだ。
嬉しいともらってくれるのであれば、息抜きとはいえ嬉しいものがある。
「本当、短い時間ですみません!あ、そうだ。途中珍しいお客さんから手紙を預かっていたんでした!」
そう言っていつもは触れない鞄の小物入れから丸めた羊皮紙を私に渡してきた。
羊皮紙は確かに、感じたことのない気配を漂わせている。
「これは……」
「俺も久しぶりに見ました!やはり妖精は小さいですね!俺の手のひらぐらいしかないなんて!っと、そろそろ行かないと…」
手のひらぐらいと言っても鳥獣人は種族的に手が大きい種でしょうに…。
開けていた鞄をしっかりと閉め、飛ばないように腰の留め具に止めているのを眺めてから、手をかざす。
これぐらいなら杖を使わなくとも簡単にと、私は気休めにしかならないと知りつつ、マシェルにヒートブロウの魔法をかけた。
ヒートブロウは火と風の初級魔法を混ぜ合わせた複合魔法の一つで、込める魔力によって暖かい風を纏う魔法だ。
割と魔力を込めたから、寒い空の上でも少なくとも1時間は持つ…はず。
「わ、ありがとうございます!賢者様の魔法は素晴らしいですね!」
「そんな大袈裟な…魔法学園に通う人ならそこそこできる魔法なのに」
「獣人は魔法苦手ですからね!とても暖かいです!では、俺はこれで!荷物の配達などあれば是非銀の配達屋に!」
深く一例した後踵を返して空へと飛び立つ。
まだ雪のちらつく空に点になっていくのを見上げながら、私は小さく息を吐いた。暖かい息はすぐ白く染まる。
春が近いというのに急に降り出した雪は、眠りから覚め始めた植物達の試練になるだろうなと。
玄関脇にある花壇にうっすらと降り積もった雪を眺めてから、暖かい家の中へと戻って行った。
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