6人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
照明は小さな窓からの採光と、いかにも心許ない蝋燭からのみ。酷く陰気だが私は割と気に入っている。
「……以上、素材取りこぼし26件。クエスト達成報告書の記載漏れおよび不備56件。領収書の不提出35件を各自個別に通達、改善を促し…」
淡々と報告書を読み上げる男。声色は穏やかだが、その切れ長の瞳は苛立ちに鋭さを増し、側頭部には青筋が立っている。眉間の皺は固く、もう二度と緩む事がないかのようだ。
「ヘティさん」
ふと、報告書に落としていた目をこちらに向ける男。
「ふぁ、ぃ」
もう1時間にもなるか、眠気に耐えながら小言を聞き続けている。
「何度でも申し上げますが、ギルドマスターを寄こして下さい。何故いつも貴女が来る?」
「えっと、ですねぇ…」
面倒だから、と、度々ぶっちゃけているはずだが、今回はどうしよう。
「若い女性をやれば、なんて、まさか考えていませんよね?セクハラですよ?」
「その、せくはら?っていうのは分かりませんけど、私なら多少お小言が軽く済むのかなぁ、なんて…」
「考えてましたか。はぁ…」
大げさに溜息を吐く男。細見で神経質そうな顔はそこそこ整っているが、細く尖った顎が全体をやや狡猾そうな雰囲気にしてしまっている。惜しい顔、というか。
「もう結構です。皆さんに通達お願いします」
「あ、はーい」
どうやら諦めたようだ。ようやっとの解放である。
「あ、えっと、その……ヘティさん」
「はい?」
先程までとうってかわって、男は少し言い淀むような態度で「少しお願いが」と席を立つ。
「度々申し訳ないのですが、その、回復魔法を…」
「働き過ぎです、寝て下さい」
「そんな、お願いしますよ」
彼が元々いた世界では、彼のような人の事を『わかほり』というらしい。
加えて、彼は引くほどの依存気質で、何かにつけ私に魔法を強要してくる。小言が軽くなる理由だ。
「ヘティさんに魔法かけてもらうと、ポーションよりずっと楽になるんです」
そりゃそうだろう。私が彼にかけているのは、回復魔法でなく、補助魔法なのだから。疲労を限界の向こう側に追いやっているだけ。
「もー、魔法の強要は『ぱわはら』っていうやつじゃないんですか?」
「う、ん、確かにちょっと言い訳できませんが、その、僅かですが、消耗した魔力分くらいはお支払いさせて頂きますので…」
「お金の問題じゃ……はぁ、分かりましたもーいーです」
「あ、ありがとうございます」
いっそ過労死でもしてくれれば、と、考えているのは別に冗談ではない。
彼の名前はカンゾウ・アルハラ。
異世界よりの使者である。
最初のコメントを投稿しよう!