マキ時計式ハイドロボム

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 やあ。  あたいの名前は不二森矢々哉。  ふたつと否い森の矢と矢哉、と覚えてくれれば幸いだ。ふたつと否いと書いた先から矢と矢、なんてもうすでにふたつもあるじゃん、というなんとも言えない矛盾をさっそく誕生させてしまったわけだけれど、残念ながら誕生日以来の本名である。  アンハッピーバースデイ。  おめでとう、やややちゃん。  生まれてこの方、奇怪な本名なのだ。  赤ん坊の後先(まあ先しかないが)を考えずに適当につけられた名前のことをたっぷりの皮肉を詰め込んで〈キラキラネーム〉と呼ぶらしいけれど、私としてはまず真っ先にその現象に〈キラキラネーム〉なんて名前を名付けた名付け親のネーミングセンスを問いただしたいところだ、キラキラネームのネーミングライツを買い取りたい。  さて、奇矯で奇妙な実名を名乗ったところで、さっそく本題と行きたいところだけれど、あいにく時間だけはたっぷりとあるわけだし、ちょっぴり寄り道をして行こうと思う。  私が座っているこれ。  そう、核爆弾である。  こいつをどうにかしなければならない――って、あれ?  脇道どころか、本筋だぞ、これ。  ☆  寄り道でさえも目指してしまえば本筋だし、寄り道に向かう道中で脇目運転をすれば本筋に戻ってきてしまうってこともあるのかもしれない、なんて話はさておいて、寄る予定だった寄り道を語ろうと思う。  こうなってしまった経緯を、敬意を込めて。  まずは私の現在地から。  ここは閑静な大都市、日本は東京都、渋谷である。  渋い谷と書くにも関わらず、流行に敏感であることをまるで人生の要石のように捉えている人間であふれている、全然渋くないあんまり谷でもない場所だ。  木を隠すなら森、という言葉をご存じの方は多いだろう。まあPV数0が延々と続いている私のエブリスタライフにおいて、もしかしたらこの文面を見ているのはコンテスト選考委員の社員さんだけなのかもしれないし、だとすればほとんど知っていて当然ということにもなりそうだけれど。こうやって読者に語り掛けるみたいなことが大好きなのだ、私は。  ともあれ、車を隠すなら轟け、牛を隠すなら犇け、というように、人を隠すなら群衆のなか、というのが最適解であるらしかった――ということで、私のような超能力者は大都会に紛れている場合が多い。  超能力。  手を触れずとも物を破壊する。障壁の先の記号を読み取る。存在しないものを生み出す。誰の目にも止まらなくなる。誰よりも加速してしまう。手がゴムみたいに伸びる。相手を本に出来る。鼻毛を自在に操れる……と、まあ後半三つはさておくとして、この世界には文字通り、人智を超えた能力というものが存在する。  超能力が、存在する。  私には昔から、友人がいなかった。  ときに超越するということは、抜きんでるということである。抜きんでるということはその他大多数を置き去りにすることであって、それは同時に、孤立することも意味していた。  アンハッピーバースデイ。  おめでとう、やややちゃん。  生まれてこの方、超能力者なのだ、私は。  能力は〈時間停止〉。  簡単に言えば任意のタイミングでいくらでも時間を止めることができる、という能力だ。時間停止中は呼吸ができなくなる、なんて口さがない連中は口を挟みそうだけれど、呼吸もできるし移動もできるし、なんなら歳をとることもない。  実質、無敵である。  えっちなことし放題。  犯罪し放題。  なんて、倫理観のないことは考えたことも実行したこともないけれど。  ともあれしかし、この世界には残念なことに、競争というものが存在している――能力のある場所に競争あり、ということだ。足が速い人間がレーンに立たされ、力の強い人間が土俵に囲われるように。  当然、超能力者にも、競争があった。  能力至上主義ならぬ、超能力至上主義ってことだ。  そのため、私たち超能力者は競い合い、殺し合う運命にあった――らしかった。実際に戦闘になったことはこれまでなかったし、半信半疑ではあったのだけれど。  ともあれ、生まれてこの方、奇怪な本名で超能力者な私は、謎の組織(正式名称を忘れてしまった)によって、群衆のなかに紛れさせられてしまったのだ。アンハッピーバースデイ。  人を隠すなら人込み。  人海戦術による隠蔽工作。  こうして騒がしい隠遁生活が幕を開けたのだった――そして、今、閉じようとしていた。  ここまで話せば、もうお分かりだろう。  どうやら敵さんは、私を探すのに手こずっていたらしい。  手こずった結果、ずるをすることにしたらしい。  爆弾で一気に、まとめて殺してしまえばいいじゃないか、と。  探す手間も、なんなら自ら手を下す手間も、省けるんじゃないか、と。    〈核爆弾〉。  にしても、わざわざ日本に打ち込んでくるかね、唯一の被爆国に。 まとめてしまえば、今のところ私は、彼氏彼女が惜しんだ手間を、最大限に延長している、というわけだった――時間停止によって、着弾寸前の核爆弾を同時に停止しているのだった。  さて。今のところの課題だ。 〈核爆弾〉……これ、どうしよう。   ☆  私は静かな世界のなか、核爆弾のうえに座りながら考えていた。  時間が停止しているので、もちろんのこと、私以外のすべては動かない。ということで、この世界には今のところ音楽が存在しなかった。人どころか、虫さえもささやかないこの無音の空間で、私の独り言だけが虚しく響いている。  さて、と。  私は核爆弾を撫でながら考える。  今、私の目の前にはふたつの選択肢があるわけだ。  ①逃げる。東京は終わるが、私は生きていける。  ②戦う。具体的には、核爆弾を無力化する。  ①を選んだ場合、時間停止中は車は使えないし、そもそも運転免許も持っていないけれど、自転車ならば使えるから、栃木あたりまでは、途中で食べ物などを調達すれば到達可能だろう。それならば簡単だ。私はただ気持ちのいい汗をかきながら、できるだけ遠くへロングランすればいい。  というわけで、②を選んだ。  東京が終わったら、多分栃木も終わるだろう――どころか、他の県だって終わるはずだ。第一、私は気持ちのいい汗をかくような運動が苦手である。なんなら汗だって苦手だ。気持ちのいい汗なんてものは存在しないと思っている。  なれば②。  一択だった。  さて、ではどのようにして核爆弾を無力化しようか――こんな一介の女子高校生に、爆弾解体の技術なんてあるはずがなかった。カラフルな導線のどちらかを引きちぎることで爆弾を無力化できるなんて話は腐るほど見聞きし読んできたけれど、自分にどちらかを選ぶ胆力なんてものはないし、第一、核爆弾がそんなチープな作り方をしているとは思えない。  図書館でやり方を見てみようか、とは思ったけれど、よくよく考えれば、地雷や時限爆弾はともかくとして、一応は飛翔体である核爆弾を、解体しようと試みる人間が、私のような特異な状況にある人物以外にいるとは考えられなかった――まして、その人物が核爆弾解体の専門書を書くとも思えなかった。  解体はなしだ。  じゃあ、その他にどんな〈無力化〉の方法があるだろう――手榴弾だろうが水素爆弾だろうが、〈衝撃〉によって爆発することを考えれば、衝撃を与えない方法を考えるのが適切だろうか?  例えば、プチプチで核爆弾を梱包してしまうとか。  冗談めかして言ってみたけれど、案外これはひとつの正解かもしれない。爆発しないように、ぐるぐる巻きにしてしまう。落下しないように台を作るのも良いかもしれない。核爆弾は無論、運送中の戦闘機の下では爆発しないのだ。固定されていては、爆発のしようもない。  でも、この案は却下だ。  却下せざるを得ない――私は、真下を見下ろした。  横断歩道。  ふたりの女子高校生。  それから、そこへ向かってくる――三台の、信号無視の車。  私は確かに、時間を停止した。  しかしそれは、何より――上空数百メートルから落ちてきて、重力加速度からすでに時速何百キロという速度の核爆弾の落下に気付いたからってわけではない――横断歩道を横断中、信号無視の車三台が、私たち目掛けて突っ込んできたからだった。  三々餅目日子。  三が三つのお餅に目と日の子供で、三々餅目日子。  能力詳細――〈人心掌握〉。  視界内の人間を自由に操ることができる。  他之島深海。  他人の島の深海で、他之島深海。  能力詳細――〈瞬間移動〉。  瞬間で任意の位置に移動できる。  超能力者友達、略して超友である。  めっちゃ仲良しみたいじゃん。  だけれど、私たちは、少なくとも私からすれば、ふたりはようやく見つけた、悩みを共有できる友人なのだった。ふたりを失うということは、孤独の道をひた走ることに繋がりかねない。  というか、単純にふたりが死ぬのは嫌だった。 それに、もし仮に、このまま核爆弾を梱包し、固定したとして、その固定は、車によって台無しにされてしまうのだ。  車がぶつかることで、梱包の意味がなくなってしまう。  衝撃的になってしまう――爆発してしまう。  二重苦だった。  ああそうそう、言い忘れていたことがひとつあるのだった。  私の時間停止。  この能力には一つのキーポイントがあるのだった――それは、触れた〈生物〉の時間のみ、再開させることができるのだ。  つまるところ、ここでふたりに触れてしまえば、ふたりに車が衝突することは避けられるわけだし(ふたりにはすでにこのキーポイントについては話しているから、能力モノあるあるの秘密主義をないがしろにしてしまう心配は排除される)、この核爆弾にしたって、なにかしらの有効な解決策を思いついてくれるのかもしれなかった。  例えば、有力なのはふかみちゃんだ。  他之島深海ちゃんだ。  彼女なら、さながらセル篇の孫悟空の如く、爆弾を抱えてテレポート、ということも可能なのだろう。どこか人のいない土地に運んで、自分だけ帰ってくるということも可能だろう。  それに、めにこちゃんだって、三々餅目日子ちゃんだって、爆弾のスペシャリストのところに行って、私がその人の身体を触り、めにこちゃんが人心掌握能力によって、半強制的に解体させることだって可能なのだ。  どちらにせよ、最有力。  しかしながら――私は彼女たちに触れることはできなかった。  私はふたりを振り返る。  アンハッピーバースデイ。  おめでとう、やややちゃん。  生まれてこの方、疑心暗鬼なのだ、私は。  この状況。  問題はこの状況にある。  例えば、三台の車――人心掌握を使用すれば、めにこちゃん以外の、つまりは私とふかみちゃんだけに車を衝突させることだって、可能なのだ。  例えば、この核爆弾――瞬間移動を使用すれば、ふかみちゃん以外の、つまりは、私とめにこちゃんを殺害してしまうことだって、可能なのだ。  だってそうじゃん。  三台の車がいきなり信号無視で、同時に私たちのところに突っ込む?  核爆弾が唐突に突然に、偶然にも私たちの真上から落っこちてくる?  そんなの、ありえねえだろ。  疑心暗鬼。  こういう能力に生まれついた以上――こういう能力至上主義社会のもとに生まれついた以上、必然的に脳裏をよぎる、最低限の防衛のための思考回路が、私には焼き付いてしまっている。  友達だけど。  超友だけど。  だからといって、相手が私のことを友達だと思っていてくれている保証なんて、どこにだって存在しないのだ。  哀しいけれど、虚しいけれど、そういう思考回路は、必要だ。  戦略として――生存戦略として。  入用だ。  であればこそ――ふたりのことを友達として、超能力者として信用しているからこそ、尊敬しているからこそ、彼女たちのことは危険だと思っておかなければならない。  まして現在のような特異な状況において――一番身近で犯行の可能なふたりの存在は、危機的とすら言えるわけである。  どうしよう。  何か武装をして、そのうえで、どちらかの時間を再生するって作戦はどうだろう。もし仮に相手が敵だとすれば、そのまま武装した武器で殺害すればいいし、仮に味方だとすれば、それはむしろ好都合だ。  けれど――問題がある。  危険性がある。  このふたりは、どちらも私の能力のことを知っているのだ。  その状態で、この状況に、万が一にでももつれ込んだとしよう。そうした場合、私が、己が身を守るために、時を止めるということは分かっているはずなのだ。  時間停止は、必ず発動する――それを見越したうえで、この作戦を敢行してくる。そのはずだ。だから必ず、時間停止に対して対策は練ってくるはずだ。  例えば、私が再生しようと触れた相手が、仮に敵側であった場合。  触れた瞬間に拳銃でズドン、なんてこともあり得てしまう。  平和な日本に拳銃なんてあり得ない、なんて口さがない連中は言うかもしれないけれど、考えてみれば、私のお尻の下には核爆弾があるのだ――今更拳銃の一丁や二丁、あったところで驚きではない。  可能ならばふたりの衣服を物色したいところだけれど、触れた時点で再生されてしまうのだから、そんな危険な手は打てない……ふたりのどちらかを再生しよう、というのはやはり、やめにしておこう。  危険は排除されるべきだ。  私のお尻の下のこれと同様に。  しっかし、どうしたものだろう。  これじゃあ発砲するまでもなく八方ふさがりだ――時間が止まっているわけだから完全に無音で、ゆえに思案には最適な環境かもしれないけれど、ここまで徹底されてしまうと、翻って音楽でも聞きたい気分だった――音楽を聴きながらの勉強の是非については賛否両論分れるところだけれど、無音よりは雑音があったほうがまだしも良いというし……ん、待てよ?  時間が止まっているわけだから完全に無音?  その瞬間、思考が止まった。  ぶらつかせていた足も、リズムをとっていた人差し指も。  停止した。  ただでさえ時間が止まっているというのに、止まりすぎって感じはあるけれど――誰が車をどうこうとか、核爆弾をここに運んだのは誰とか、そういう話は一切合切、親切心など無関係に、ただこの状況、この窮地を脱するヒントというか答えを、得た。  ハッピーバースデイ。  おめでとう、やややちゃん。  実を言うと今日が誕生日なのだ、私は。   ☆  轟音を立てて、ボクは暗がりのなかに降り立った。瞬間移動は身体的な疲労を伴うので、あまり高頻度で使用したくはないのだけれど――今回ばかりは仕方がない。 組織の命令なのだから、仕方がない。  ともあれ、日本での暮らしも楽ではなかった――そもそも、日本語そのものが難しい。小さなハンバーガーに大金を支払うのも嫌だった。やっぱりボクはこっちの暮らしのほうが合っているらしい。  さて、任務に取り掛かる前に、日本の様子でも見ておくか……。 「他之島深海こと、ふかみちゃん」  ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………おっと。 「これはこれは、不二森矢々哉こと、やややちゃん。……どうしてここに?」 「んー、どうしてだろうね」  やややちゃんは、ゆったりとその小さな背を伸ばした。ピンク色の髪の毛がぴょこん、と跳ねる。  そして、 「ふかみちゃんこそ、どうして〈自主規制〉は〈自主規制〉にある核爆弾格納庫に?」  と、言った。 「まさか、これから別の箇所に核爆弾を運ぼうって魂胆じゃないよね」 「何を言っているのか」 「とぼけないで。日本に核爆弾を持ち込んだのが君ってことは分かってるんだから」  なるほど。  すべて筒抜けであるらしい。 「どうしてここに……というか、どうやってあの状況を切り抜けた?」  ボクの質問に、彼女はにこりと笑って、 「全部やることにした」  と答えた。 「私以外のものはすべて動かないんだから、当然核爆弾だって、その場で、パールででもハンマーででも、何を使ってでも破壊してしまえばよかったんだ」 「でも放射能は? 被曝するだろう」 「どうして? 放射線防護服を着ればいい」 「……でも、それじゃあ周りが被害をこうむるだろう」 「最後まで聞きなよ。放射能が駄目なら、コアを防護服で包んでしまえばいい」  なるほど。  つまりは、移動したのか。  防護服を探して――停止した時間のなかを。  静止した時間のなかを。  包んで、運んだ。 「他の部品はそれぞれ海に放棄して、コアは原子力発電所まで運んで……今頃、急速冷凍されているだろうよ」 「それなら、あの信号無視の車はどうしたの?」 「梱包したんだ。大量のプチプチと綿と、その他もろもろの衝撃吸収材でね……それによって、衝突されても、痛くないようにしたんだ」 「車を? 人を?」 「どっちも。あと、車のタイヤを片方だけ外しておいたのもよかったかもしれないね」 「そうか……交通事故も核爆弾も無力化したその現場に、私がいなかったから、私が裏切り者だと判断したんだね。でもまだ謎は残るよ。そもそも……仮に核爆弾を無力化できたとしても、君はどうしてここにいるんだ」 「簡単な話だよ、深海ちゃん」  やややちゃんは正確な発音でそう言う。  宣戦布告のように。 「核爆弾なんて、残弾数が公表されているようなものを、暗殺の暗器に選択した、深海ちゃんの責任だ」  ボクは笑顔のまま舌打ちをした。  なるほど、ブルートフォースアタックってわけだ。 「各国が公表している核保有数と比較しに回ったってこと?」 「正確には全ての国じゃないよ。……瞬間移動なんて超能力を持ちながら、なぜにわざわざ、核爆弾なんて面倒な代物を使用したのか。瞬間移動が使えるなら、もっと効率的で、より効果的な暗殺ができたはずじゃない? それなのにそれをしなかった。それはなぜなのか」  やややちゃんはわざとらしく人差し指を立てる。 「君の目的は、戦争の誘発だ。」  残念ながら、大当たりだった。 「それなら、あとは日本に核爆弾を落として有利になる国から確かめていけばいい。案外はやく見つかったよ。まさか〈自主規制〉とはね。意外や意外って感じだ」 「……カラクリは分かったけれど、やややちゃん。私の能力は瞬間移動だよ? このまま逃げられるとは思わなかったの?」 「………………………………え?」  どうやら想定していなかったらしい。 「た、体力がもたないでしょ」  ボクは余裕を取り戻す。 「どうかな。やってみないと」  じりじりと迫るやややちゃんから、ゆっくりと後ろに下がる。  大丈夫だ。   日本に核爆弾を落とせなかったからといって、それは戦争の誘発そのものの不可能を意味しない。日本に落とせないのなら、別の国に落とすまでである。何も問題はない。むしろここまでついてきてくれて好都合だ。やややちゃんが、いくらここまで来ることができたとしても――それを、何度も繰り返すことは不可能だろう。  対して私は、それが可能だ。  繰り返すことが。  まるで人間の愚行のように。  戦争のように――繰り返すことが可能だ。 「さて」  私は全身に力を込める。 「待って、ふかみちゃん!」  やややちゃんが駆けだした、途端に崩れ落ちてしまう。やはり、日本からここまで、いったいどのような経路を使ったのかは知らないけれど、疲労は出てきているようだった――このまま押し切れるだろう。  ボクは薄く笑いながら、瞬間移動のために全身に力を込めた。と、同時に、ふと、なんの関係性もない疑問が湧いた。  なぜ、三台の車は信号を無視して突っ込んできたのだろう?  そんな計画は、私の範疇にはなかった。  では、偶然か? ……三台の車が、行先を無視して、私たちのところに何故向かってくる? そんな偶然があるのか?  もし仮に。  仮に――三々餅目日子が、運転手を人心掌握によって操ったとしたら、どうなるだろう。  三台の車が迫る。  それに気づいて、やややちゃんが時を止める。 「……お?」  もし仮に、めにこちゃんが核爆弾のことを知っていたとしたら。  この状況はどうなるだろう?  咄嗟に後ろを振り向いた。  そこに、三々餅目日子が立っていた。  めにこちゃんが口を開く。 「止まりなさい」  瞬間移動も、時間停止も、停止した。  そして静寂だけが残った。
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