Episode1・ゼロス、はじめてのおつかい ~あれから二年です。~

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「おかえりなさいませ。お疲れ様でした」 「お待たせしました。では行きましょう」  私はゼロスと手を繋いで神殿の回廊を歩きます。  この神殿は戴冠のお祝いに魔王と精霊王に建造してもらったのです。玉座を吹きさらしの状態には出来ないということで、玉座がある岩山の頂上に小さな神殿が造られました。後々、ここは冥王の城が建造されるでしょうが、でもそれはまだ先のこと。ゼロスが大人になって必要となった時に、ゼロス自身が冥王として建造するのです。  神殿を出ると雲一つない青空が広がっていました。  二年前の曇天が嘘のように冥界の気候は落ち着き、創世期ながらも穏やかな空です。 「どうぞ」  侍女に大判の日傘を差し掛けられました。  私とゼロスを中心に女官や侍女が列を成し、その周囲を護衛兵が隊列を組んで進みます。  無事に冥界での役目を終えたのであとは魔界に帰るだけでした。  岩山をぐるりと巡る階段をゆっくりと降りていく。冥王戴冠の際に階段は崩れて瓦礫となった箇所もありましたが、そこはハウストの命令で修繕工事が行なわれました。一ヶ月に一度通うことになるのだからと直してくれたのです。工事の際に「手摺りをつけてやろうか」と言われましたが、それは丁重にお断りしましたよ。私の転落防止のつもりでしょうが、いくら高所とはいえ階段くらい普通に降りることができます。私のこと舐めてますよね。 「ゼロス、私の手を離してはいけませんよ」 「うん!」  ゼロスはぎゅっぎゅっと私の手を握って楽しそう。  遊んでいるわけではないのですが、子どもというのは何をしていても遊びのように感じるのでしょうね。  でもこちらは真剣。地上は遥か下で、時折吹き上げる風に気を付けなければなりません。  しかし岩山の中腹まで下りた頃。 「あっ、みて! おはながさいてる!」  ゼロスの顔がパッと輝いて、私の手をパッと振り解いてしまう。  足元の絶壁に小さな花が咲いていて階段の端で突然しゃがみこんでしまいました。 「こら、ゼロス。手を離してはいけませんっ」 「ごめんなさい~っ。でもこっち、こっちだよ! ブレイラもみて!」  ゼロスが階段の端から身を乗り出して絶壁の花を指差します。  あああっ、子どもとは恐ろしい。 「ゼ、ゼロス、花は分かりましたから、そんな所にいたら危ないですよっ」  私は慌ててゼロスを追いましたが、その時。  ――――ビュウッ!!  突然、地上から強い突風が吹き上げました。  強風に体が煽られて。ぐらりっ。 「えっ?」  体がよろめいて、咄嗟に何かに掴まろうとしたけれど――――スカッ! 「わあああああああっ!!」 「ブ、ブレイラーーー!!!!」 「ブレイラ様ッ!!」  手が空振って、空に投げ出された体が真っ逆さまに落下していく。  視界に映ったゼロスの驚いた顔と声が急速に遠ざかっていく。  まさか、まさか岩山から転落するなんてっ! こんな事ならハウストに手摺りの設置をお願いしておくべきでした。遠ざかる意識の中で後悔しても遅い。  走馬灯のように今までの思い出が頭を巡り、地面に激突するのを覚悟しましたが。 「――――ブレイラ!」  よく知った声がしたかと思うと、落下する体がガシリッと危うげなく抱き止められます。  力強い両腕と見慣れた姿。  落下中に颯爽と現われたその姿に驚きました。 「イスラ!!」 「舌噛むから、今は黙ってろ」 「は、はいっ」  優しく言われて唇を引き結ぶ。  イスラは私を横抱きにしたまま勢いに乗った機敏な動きで絶壁の岩壁を蹴り、高所から地上へ見事に着地を決めました。  イスラはゆっくりと私を降ろすと、心配そうに顔を覗き込んでくれます。
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