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◆◆◆◆◆◆
「あれ? ちょうちょさん、どこ~?」
山奥でゼロスがきょろきょろする。
追いかけていた蝶々を見失ってしまったのだ。
だが、きょろきょろしながら次第に青褪めていく。
大きな瞳がじわじわと潤みだし、眉が八の字に垂れて……。
「……ここ、どこ?」
そう、迷子である。
蝶を追いかけるのに夢中になって、気が付けばすっかり山奥へと迷い込んでいたのだ。
完全に自業自得である。
「うっ、……ブレイラ~! ちちうえ~! あにうえ~! うっ、うぅっ……」
涙ぐみながら大好きなブレイラやハウストやイスラの名を呼んだ。
でもどれだけ呼んでも返事はない。
いつもならゼロスが泣いていれば城の誰かが心配そうに声をかけてくれた。『ブレイラは? ブレイラがいいの』と泣きながら駄々をこねると、ブレイラが少し困った顔をしながら現れて『どうしました? なにを泣いているのですか?』と抱っこして優しく慰めてくれるのだ。
ブレイラだけじゃない。父上も兄上も来てくれる。父上や兄上に抱っこをねだると、仕方ない奴だとばかりに抱っこしてくれる。父上の抱っこは目線が高くなるので大好きだった。
しかしここは人間界。ゼロスは一人でお使い中である。今どれだけ泣いてもたった一人だった。
「うっ、ふぇっ、ふえぇぇんっ。ブレイラ~、ちちうえ~、あにうえ~」
呼んでも無駄だと分かっていても、それでも三人の名を呼ぶ。ゼロスの大好きなブレイラと父上と兄上だ。
こうして悲観に暮れるゼロスだったが、…………父上はすぐ側にいた。
「…………泣くくらいなら、最初からしっかり歩けばいいものを」
ハウストは木陰に隠れて頭を抱えていた。
ふらふらと蝶を追いかけるゼロスを尾行していたのだ。
あれが我が息子であり冥王かと思うと、幼い子どもとはいえ頭が痛い。
だが、ゼロスが泣いている姿は見ていて心苦しい。魔王として厳しく接したいのは山々だが……。
『ちちうえ~、だっこ~』
ゼロスは甘ったれであった。
能天気にニコニコ笑い、『だっこ~』と両手を差し出して甘えてくるのである。冥王が、魔王であるこの自分に。
イスラは子どもの時からどこか大人びたところがあったがゼロスは完全に子どもなのだ。
……どうしたものか。
ハウストは悩んだが、ふとゼロスの足元に目的の薬草が生えていることに気が付いた。
ここは目的地の薬草の群生地ではないが、どこにでもある一般的な薬草なだけあって山のあちらこちらに生えていたのだ。
気付け、そこにあるぞ!
念を送る勢いで願う。薬草さえ見つけてくれれば尾行役から解放されるのだ。
しかしゼロスが気付く様子はなく、泣きべそをかきながらとぼとぼと歩きだした。
あいつは泣きべそをかきながら歩くのかとハウストは観察気分で尾行したが。
「うええぇぇぇん! ブレイラ~、ちちうえ~、あにう、あうっ!」
転んだ。
転んだ体勢のままぷるぷる肩を震わせるゼロス。
お使いはもうここまでかとハウストは思ったが、その時。
「ああっ! みつけた!」
ゼロスが声をあげた。
目の前の草をむんずと掴み採って、起き上がってしげしげと見つめる。
「これだ~! ブレイラのやくそう!」
そう、ゼロスは転んだ先で見事に薬草を発見したのだ。
すっかり涙は引っ込んで瞳をキラキラさせて薬草を見ている。
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