Episode1・ゼロス、はじめてのおつかい ~お静かに、これは尾行です。~

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「こんなにたくさん、一度に、遊べません……。じゅんばん、です」 「順番だってよ」 「そりゃいいな。それじゃあ俺からだ」  手を掴まえた獣が舌なめずりして私に伸し掛かる。  私の胸元に顏を埋め、足を撫でまわしながら服の裾を捲りあげていく。  徐々に足が露わにされていき、熱い体に外気が心地いい。  でも。 「ああ、乱暴は、いけませんよ? わるい子、ですね……」  胸元にある獣の頭を撫でてあげます。  でも、いけないことはいけないことだと教えなければ。  獣の輪郭を指でなぞり、そのまま口へと持っていく。きっとこの口はどんな肉も食らうのでしょうね。  でも今はいけません。  私は教えるように獣の口に指を当てました。そして。 「お座りしなさい」 「え?」  獣がぎょっとして固まる。  私は固まれとは言っていません、お座りしろと言ったのです。  固まった獣にスゥッと目を細める。 「私はお座りしなさいと言っているのです。あなた、お座りもできないんですか?」  いくら野生の獣でも躾は大事です。  遊ぶのは、それからですよ。 「私と遊びたいのでしょう。お座りしなさい」 「……は、はい」  獣が困惑しながらも私の前で正座しました。  やれば出来るじゃないですか。  私も正座して獣に手を伸ばす。  言う事を聞いたなら、たくさん褒めてあげなければ。 「いい子ですね。お利口です」  獣の喉を撫でてあげます。  私、知っています。こうすると獣は喜ぶはず。クウヤとエンキは喉を撫でると喉を鳴らして喜ぶのですから。  でもこの獣は不思議です。『ごくりっ』と唾は飲み込むけれどゴロゴロ喉を鳴らす音は聞こえない。  獣の胸板に手を置いて喉に耳を近づけてみました。  でもやっぱり聞こえません。こういう種類の動物もいるのですね。  獣の胸板に手を置いたまま獣の顔を見上げます。  目が合ったので、「いい子ですね」と目を細めて笑いかけてあげました。  ああ、また喉がごくりっといいました。やはり喉はゴロゴロ鳴らないのですね。 「あなた、変わった獣ですね。……私の、知っている獣とは違いますが、まあいいでしょう」  上手にお座りできたなら次はこれです。  私は獣の前にスッと手を差しだす。 「さあ、お手をしなさい」 「お、お手だと?!」 「なにか問題でも? あなたも立派な獣なら、お手くらい、したらどうですか」  差し出した手を近づけます。  獣は困惑したように固まってしまいましたが、少ししておずおずと手に手を乗せてきました。  ああ、とてもお利口ですね。お手の完成です。  でも他の獣たちがギョッとして騒ぎだす。 「おいっ、なにお手なんかしてんだ!」 「しっかりしろよ!」  外野の獣が騒ぐけれど、上手にお手をした獣はどこか昂揚してハアハアと息を荒くしている。 「……やばい」 「はあ?」 「…………新しい扉が開きそうだ」 「はあああ?!」  外野の獣たちがざわめく。  しかし、お手をした獣はお手の体勢のままで動きません。最初は獰猛な野生の獣だと思いましたがお利口ではないですか。そろそろご褒美をあげなければいけませんね。 「あなた、いい子ですね。『待て』が出来るなんてお利口です。よしよし」  獣の頭を撫で、喉を擽り、背中も撫でてあげます。  お利口なのは良いことです。 「来なさい。ご褒美に遊んであげましょう」  両手を広げて獣を誘う。  すると獰猛な獣は鼻息を荒くして瞳をギラギラさせる。  遊びたいのをずっと我慢していたのですね。いいでしょう、たくさん遊んであげましょう。 「ああ、たくさん遊んでくれよ。めちゃくちゃにしてやるっ……」  獣がそう言って正座したままじりじり近づいてきましたが、その時。 「――――ブレイラ!!」  バターン!!  勢いよく扉が開かれる。  耳に親しんだイスラの声。 「イスラ!!」  瞬間、シャキーン! ぼんやりしていた意識が一瞬で覚醒しました。  まるで清々しい朝の目覚めのよう。  でも、目の前に私にお手をしているポーズの男がいて卒倒しそうになりました。 「わっ、気持ち悪いッ!」  パシンッ! 男の手を払う。  男もハッとした顔になり、夢から目覚めたように激昂します。 「き、気持ち悪いだと?! てめぇ、誰のせいでっ」 「失礼ですが、そういう趣味の方ですか? ならば他を当たってください!」  冗談ではありません。  何が悲しくて見知らぬ男にお手をされなければならないのか。しかも相手は盗賊です。  男はワナワナと拳を震わせていますが私の方が拳を震わせたいくらい。  しかし激昂した男の勢いは止まらず、私に向かって拳を振り上げる。
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