Episode1・ゼロス、はじめてのおつかい ~お静かに、これは尾行です。~

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「ゼロス? 一人で水遊びをしてはいけませんと言ってありましたよね? ましてや川に入るなんて、とても危険なことです」 「うぅ、ごめんなさい~」  ゼロスが私の胸元に顔を伏せました。  素直に謝れるのは良いことですが困った子です。 「もう一人で川に入ってはいけませんからね」 「わかった。もうしない」 「良い子です。それで、その後はどうなったんですか?」  質問を投げかけた私にゼロスがパッと顔を上げる。  反省はするけれど、話したいことがたくさんあるのですね。 「ぼくね、およいだの。あにうえみたいに、じょうずにおよげたよ?」  ゼロスは胸を張って教えてくれましたが、それを聞いていたハウストが「……あれは泳いだんじゃない、流されたんだ」とぼそりと呟く。  …………ああ、ハウスト。心中、お察しします……。 「そのあと滝に落ちたんですか?」 「うん。ちちうえとおちた。ひゅ~っ、ざぶんって」 「それは怖い思いをしましたね」 「うん。でも、ちちうえがだっこしてくれたから、だいじょうぶ。ちちうえ、じょうずにおよいでた」 「そうですか。ハウストにおんぶして泳いでもらったんですね」 「うん!」  ゼロスが大きく頷きました。  恐い思いをしながらも楽しかったようです。  でも……。 「……ハウスト、あなた、やつれませんでした?」 「…………そうかもな」  ハウストが疲れ切った顔で言いました。  珍しくぐったりしている様子にハウストの苦労が窺えます。  ご機嫌のゼロスを抱っこしたまま隣のハウストを覗き込む。 「あの、元気だしてください……」 「出せると思うか……?」  ハウストの返事が力無い。  珍しいハウストの姿に焦ってしまう。 「で、でもっ、川から出てきたあなたは素敵でしたよ! 濡れたあなたはかっこよくてずるいですっ。もちろん普段のあなたも素敵ですが!」  そう、ほんとうに素敵でした! 嘘じゃないです、ほんとうです!  彼からポタポタ落ちる雫も、濡れた前髪をかきあげる姿も、思い出すだけで胸が高鳴ってうっとりしてしまう。  そう言った私にハウストがぴくりと反応する。 「……そうか?」 「そうです! 惚れ直してしまいましたよ!」 「……そうか、惚れ直したか」 「はい、何度でも!」  これもほんとうです!  ハウストの表情に明るさが帯びてきて、あともうひと押し! 「あなたは何をしても素敵なのでずるいですね」 「お前の方がよっぽどずるいだろ。今も俺は誤魔化されつつある」 「誤魔化すなんて人聞きが悪いです。毎日恋をしていると言ったじゃないですか」 「ブレイラっ……」  ハウストが嬉しそうに笑う。  良かった。ハウストの機嫌も治ったようです。  気が付けば濡れていた服も乾いている。 「さあ、ハウストとゼロスは服を着てください。いつまでも裸では困ります」  ハウストとゼロスが服を着て、あとは魔界に帰るだけです。  高かった陽射しも傾きだして、きっとあっという間に山は暗くなってしまうでしょう。  でもゼロスが不満そうに見上げてくる。 「……もうかえるの?」 「帰らなければ皆が心配するでしょう?」 「うぅ、もうちょっとだけっ。おねがい、もうちょっと!」  駄々をこねるゼロスに困ってしまう。  でもゼロスの気持ちも分からないものではありませんでした。  こうして家族四人で魔界の城の外に出るのは久しぶりです。  普段ハウストはもちろん私も政務に追われ、イスラは人間界に旅に出ている事も多くなりました。四人でゆっくり過ごす機会はそれほど多くありません。まして今のように四人で、まるで旅行みたいな……。  そう、旅行みたいで私だってできるなら帰りたくないのです。  もう少しだけ四人でゆっくり過ごしたい。
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