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「ゼロス? 一人で水遊びをしてはいけませんと言ってありましたよね? ましてや川に入るなんて、とても危険なことです」
「うぅ、ごめんなさい~」
ゼロスが私の胸元に顔を伏せました。
素直に謝れるのは良いことですが困った子です。
「もう一人で川に入ってはいけませんからね」
「わかった。もうしない」
「良い子です。それで、その後はどうなったんですか?」
質問を投げかけた私にゼロスがパッと顔を上げる。
反省はするけれど、話したいことがたくさんあるのですね。
「ぼくね、およいだの。あにうえみたいに、じょうずにおよげたよ?」
ゼロスは胸を張って教えてくれましたが、それを聞いていたハウストが「……あれは泳いだんじゃない、流されたんだ」とぼそりと呟く。
…………ああ、ハウスト。心中、お察しします……。
「そのあと滝に落ちたんですか?」
「うん。ちちうえとおちた。ひゅ~っ、ざぶんって」
「それは怖い思いをしましたね」
「うん。でも、ちちうえがだっこしてくれたから、だいじょうぶ。ちちうえ、じょうずにおよいでた」
「そうですか。ハウストにおんぶして泳いでもらったんですね」
「うん!」
ゼロスが大きく頷きました。
恐い思いをしながらも楽しかったようです。
でも……。
「……ハウスト、あなた、やつれませんでした?」
「…………そうかもな」
ハウストが疲れ切った顔で言いました。
珍しくぐったりしている様子にハウストの苦労が窺えます。
ご機嫌のゼロスを抱っこしたまま隣のハウストを覗き込む。
「あの、元気だしてください……」
「出せると思うか……?」
ハウストの返事が力無い。
珍しいハウストの姿に焦ってしまう。
「で、でもっ、川から出てきたあなたは素敵でしたよ! 濡れたあなたはかっこよくてずるいですっ。もちろん普段のあなたも素敵ですが!」
そう、ほんとうに素敵でした! 嘘じゃないです、ほんとうです!
彼からポタポタ落ちる雫も、濡れた前髪をかきあげる姿も、思い出すだけで胸が高鳴ってうっとりしてしまう。
そう言った私にハウストがぴくりと反応する。
「……そうか?」
「そうです! 惚れ直してしまいましたよ!」
「……そうか、惚れ直したか」
「はい、何度でも!」
これもほんとうです!
ハウストの表情に明るさが帯びてきて、あともうひと押し!
「あなたは何をしても素敵なのでずるいですね」
「お前の方がよっぽどずるいだろ。今も俺は誤魔化されつつある」
「誤魔化すなんて人聞きが悪いです。毎日恋をしていると言ったじゃないですか」
「ブレイラっ……」
ハウストが嬉しそうに笑う。
良かった。ハウストの機嫌も治ったようです。
気が付けば濡れていた服も乾いている。
「さあ、ハウストとゼロスは服を着てください。いつまでも裸では困ります」
ハウストとゼロスが服を着て、あとは魔界に帰るだけです。
高かった陽射しも傾きだして、きっとあっという間に山は暗くなってしまうでしょう。
でもゼロスが不満そうに見上げてくる。
「……もうかえるの?」
「帰らなければ皆が心配するでしょう?」
「うぅ、もうちょっとだけっ。おねがい、もうちょっと!」
駄々をこねるゼロスに困ってしまう。
でもゼロスの気持ちも分からないものではありませんでした。
こうして家族四人で魔界の城の外に出るのは久しぶりです。
普段ハウストはもちろん私も政務に追われ、イスラは人間界に旅に出ている事も多くなりました。四人でゆっくり過ごす機会はそれほど多くありません。まして今のように四人で、まるで旅行みたいな……。
そう、旅行みたいで私だってできるなら帰りたくないのです。
もう少しだけ四人でゆっくり過ごしたい。
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