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「……ハウスト」
「なんだ」
「ゼロスにも困ったものです。ゼロスは一晩くらい山で過ごしたいと思っているのかもしれません……」
「そこまで言ってないように思うが?」
「私はゼロスの親なのでゼロスの考えていることはよく分かるのです。あなたも分かるはず……」
ちら、ちら、とハウストを見上げる。
その視線にハウストが「お前……」と顎を引く。
私の本音を察してくれたのです。
ハウストは大きなため息をついて私をじろりと見る。
「お前もまだ帰りたくないんだな」
「わ、私は魔界の王妃なのでワガママはいけないと分かっているのですよ? 立派な王妃とはワガママを言わないものですっ。でもちょっとした息抜きの時間がある方が、政務の精度を高めるのではないかと思っていたりいなかったり……」
「ようするに帰りたくないんだな。よく分かった」
「…………そうとも言えますね」
ハウストの呆れたような視線からそっと目を逸らす。
そんな私にハウストは苦笑するも、仕方ないなと肩を竦めます。
「いいだろう、フェリクトールの説教は免れないだろうが今夜は久しぶりの野営だな」
「い、いいんですか?!」
「もう少しここにいたいんだろう。俺もそういう気持ちがない訳ではないからな」
「ありがとうございます! イスラ、ゼロス、聞きましたか?! 今夜はここでゆっくり過ごせるそうです!!」
そう言ってイスラとゼロスを振り返る。
ゼロスは満面の笑顔を浮かべて「やった~!」とぴょんぴょん跳ねまわってはしゃぎだす。
イスラはあまり表情を変えないまま頷きましたが纏う雰囲気が浮上しましたね。私には分かりますよ。
こうして今夜は山で過ごせることになりました。
そうと決まれば野営の準備をしなければいけません。
一夜なので草枕で雑魚寝をするのは当然としても食事は用意しなければ。
「では山に食材を採りに行きましょう。ここは実りの豊かな山ですから、きっと美味しい木の実が育っているはずですよ」
「ブレイラ、この山にはイノシシもウサギもいるぞ」
「では、お肉も食べられるのですね」
イスラが食材候補を付け足してくれました。
一夜の野営ですが食事にも困らなさそうで良かったです。
私たちは山に入り、さっそく食材探しを始めました。
思った通り豊かな山にはたくさんの木の実が実っています。
「この木になっている果実はとても甘くて美味しいんですよ?」
そう言って手の届く枝から果実を採る。
果実を見たイスラが懐かしそうに目を細めます。
「知ってる。ブレイラが住んでた山にもあった」
「ふふふ、覚えてくれてたんですね」
「ああ、よくブレイラが採ってきてくれたから。美味しかった」
イスラも手を伸ばして果実を採りました。
それを見ていたゼロスが瞳を輝かせます。
「あにうえ、ぼくにもみせて!」
「ほら」
イスラが膝をついて果実を見せると、ゼロスはそっと触ってみたり鼻をくんくんさせたり興味深々です。
「食べてみるか?」
「うん!」
イスラが短剣で果実の皮を剥き、種の部分を丁寧に取り除く。
赤く熟した果肉の甘い匂いが食欲をそそります。
「これでいいぞ」
「わああ~! あにうえ、ありがとう!」
ゼロスは果実を受け取り、さっそくとばかりに齧り付く。
初めて食べた甘い果実にゼロスの瞳は更に輝いて、もぐもぐと夢中で食べだしました。
「あまい~! あにうえ、おいしい!」
「良かったな」
嬉しそうなゼロスにイスラの口元が綻ぶ。
あっという間に食べてしまってゼロスの口の周りは果汁でべとべとです。
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