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「……今日は少しだけゼロスが羨ましかったです」
「なぜだ?」
ハウストが不思議そうに聞いてくる。
少し拗ねた顔を作ってハウストを見ました。
「……私も泳いでいるハウストの背中に乗ってみたいなと」
私は泳げないですが一度でいいから水の中を悠々と泳いでみたいものです。
それがハウストの背中だなんて最高ではないですか。
そんな私にハウストが嬉しそうな顔になる。
「いつでも言えよ」
「か、簡単に言わないでください。……恥ずかしいじゃないですか。そんな、子どもみたいな」
「別に構わないだろう。なんなら今から泳いでやろうか」
そう言ってハウストは笑うと目の前の川を見ました。
水面に映った月が川の流れにゆらゆらと揺れている。
地上は夜の闇に覆われているけれど、夜空は月が輝いて星々が煌めく。
「美しい夜ですね」
夜空を見上げながらハウストに凭れかかりました。
今から泳ぐことはできませんが、これくらいは私も甘えたいのです。
そんな私にハウストも目を細め、私の肩に腕を回してそっと抱き寄せてくれる。
呼吸が届く距離。
見つめ合うとハウストの鳶色の瞳に私が映っている。
恥ずかしいですね。だって今の私、とても間抜けな顔をしている。
ハウストの側に寄り添えることが嬉しくて、頬と口元が緩んでいるんです。
「あまり見ないでください」
「なぜだ」
「今は星を見ていてください」
「お前は俺を見ているだろ」
「私はいいのです」
「ワガママだな」
「嫌ってしまいますか?」
「まさか。可愛いワガママだ」
そう言ってハウストが私の唇に口付けました。
見つめ合ったまま啄むような口付けを何度も交わす。
甘いくすぐったさにはにかむと、私を抱き寄せるハウストの腕に力が込められました。
「やはり城に帰るべきだった。ここだと続きができない」
そう言ってハウストがちらりとイスラとゼロスを見る。
でも何か思いついたように顔を輝かせます。
「ここから少し離れるか?」
「何を言うかと思えば……」
思わず苦笑してしまう。
それは私にとってもとても魅力的なお誘いですが、今はダメですよ。
「せっかく四人でいるんです。ここで、しばらくこのまま」
「……残念だが仕方ない。お前が言うなら」
残念だと言いながらもハウストの顔は穏やかなままです。
嬉しくなってハウストの広い懐に身をゆだねる。
「ハウスト、今日は人間界に連れてきてくれてありがとうございます。こうして一夜を過ごせることも」
「俺も同じ気持ちだと言っただろう」
「ふふふ、嬉しいことです」
小さく笑って、また夜空を見上げます。
夜空を見るのは初めてではないのに、まるで初めて目にしたように美しい。
彼といると何度も初めての気持ちになれるのですから不思議ですね。
私はこの夜空を、今まで目にした夜空とともに、ずっとずっと忘れることはないでしょう。
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