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「イスラ、昨日はブレイラを守ってくれて感謝する。お前が間に合って良かった」
「当たり前だ」
当然だといわんばかりの口調でイスラは答えたが、「でも……」と怪訝な顔になる。
様子が変わったイスラにハウストは首を傾げた。
「でも、なんだ」
「……変だったんだ」
「変?」
「…………盗賊がブレイラの前で犬みたいになってた」
「………………そうか」
ハウストはそう答えることしかできなかった。
イスラからそっと目を逸らし、過去の出来事を思い出す。
あれはブレイラと恋人になったばかりの頃、ブレイラとイスラを人間界の海に初めて連れて行った時のことだ。
ブレイラに酒を飲ませた時のことはよく覚えている。そしてイスラの声を聞いた途端に一瞬で酔いが覚めたことも……。
ブレイラは盗賊に酒を飲まされて酔ったようだがイスラの登場に一瞬で酔いが覚めたのだろう。どちらにしろイスラが間に合ってくれて良かった。
こうして二人の間になんとも言えない空気が漂いだしたが背後からブレイラの声がする。
「ハウスト、イスラ、朝食の支度ができましたよ」
振り返るとブレイラがゼロスと手を繋いで歩いて来ていた。
どうやら朝食作りが終わり、ゼロスも起床したようだ。
「ちちうえ、あにうえ、おはよー!」
「ああ、おはよう」
「おはよう」
ハウストとイスラが挨拶を返すとゼロスが嬉しそうに笑う。
ちちうえ! あにうえ! とうろちょろするゼロスは朝から元気だ。
「ゼロス、顔を洗いなさい」
「うん! わっ、つめたーい!」
冷たい川の水にはしゃぎながらゼロスが顔を洗う。
パシャパシャと川の水を跳ねさせて、遊んでいるのか顔を洗っているのか分からない。
その姿にブレイラは目を細めていたが、ふとイスラを振り返った。
「イスラ、剃り残しがありますよ」
「え、どこだ?」
イスラが顎を触って確かめる。
ブレイラは小さく笑うとイスラに手を差しだした。
「ここです。短剣を貸してください」
「……自分で出来る」
「私がしてあげたいのです。貸してください」
「……分かった」
イスラがブレイラに短剣を手渡す。
ブレイラはイスラの輪郭を指でなぞり、短剣で丁寧に髭を剃った。
最後にまた輪郭をなぞって剃り残しがないことを確かめ、ブレイラはニコリと笑う。
「綺麗になりました。スベスベです」
「ありがとう、ブレイラ」
「また剃ってあげます。身だしなみを意識し、常に整えておきなさい。もちろんそのままでもあなたは素敵ですが、もっと素敵になりますから」
「分かった」
イスラが心なしか嬉しそうに頷く。
ブレイラに素敵だと言われて満更でもない様子だ。イスラは子どもの頃から事あるごとに「オレ、ステキだったか?」とブレイラに聞いていた。
幼い頃からブレイラがハウストに素敵だと言うのを聞いていて、イスラの中で最上級の褒め言葉になっている。
その様子にハウストは穏やかな気持ちになりながらも、僅かとはいえ嫉妬を覚えないわけではない。相手は息子とはいえ髭を生やす年齢になった男だ。
「ブレイラ、俺のも頼む」
「あなたは綺麗に剃れてます」
「…………」
ハウストはむっと黙りこんで眉間に皺をつくる。
そんなハウストにブレイラが小さく笑むと、眉間の皺をもみもみしたのだった。
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