Episode1・ゼロス、はじめてのおつかい ~お静かに、これは尾行です。~

36/36
前へ
/57ページ
次へ
 後日。  イスラはまた人間界へ旅に出ました。  イスラが出発してから五日が経過しています。  ハウストは『たった五日だ』と言うけれど私にとっては十分すぎるほど長い時間。『たった五日』ではありません、『五日も』です。  勇者は人間の王。人間界に行くのは当然のことと分かっています。分かっていますがっ!  気が付けば、……ああ無意識に、無意識にペンを握っている。  便箋に私の気持ちを綴ります。  でも文章には気を付けなければ。だってイスラが成長する為にも束縛はいけませんよね、私の手を離れて旅立つのは当然のこと。でも近況報告を願うくらいはいいですよね。  早く帰ってきて欲しいという気持ちを重荷にならない程度に少しだけ書いて、近況報告の願いを書いて、でも早く帰ってきて欲しいという気持ちをもう少しだけ書いて、イスラが旅をする成長の喜びを書いて、でもでも早く帰ってきて欲しいという気持ちをほんの少しだけ書いて、イスラの旅の激励を書いて、でもでもでも早く帰って――――。 「……何をこそこそしているかと思ったら、また手紙か」 「わっ、ハウスト!」  びくりっと肩が跳ねる。  振り返るとハウストが呆れた顔で立っていました。 「な、なんですか。いきなりっ」 「イスラが約束をして、待つことが出来るんじゃなかったのか?」 「出来ますよ! 当たり前じゃないですかっ」  強い口調で言い返しましたがハウストの目が私を疑っている……。  そして私の手元の手紙に視線を向けられ、慌てて手紙に覆い被さりました。 「な、なな、なにか文句でもあるんですかっ?!」 「いいや、別に」  ハウストは肩を竦めて言いました。  明らかに疑っています。もちろんそれは正解なんですが、私もイスラの親です。意地というものがあります。素直に認めるわけにはいきません。  そんな私を横目にハウストが使役する大型の鷹を呼び出しました。  魔鳥の鷹は四界の結界すらも突破する特別な鳥。そう、魔界から人間界へも自由に行き来できるのです。  私がイスラへ手紙を送る時にいつもお願いしている鷹でした。  鷹は大きな翼を広げて悠然と旋回し、ハウストの肩へと降りてくる。 「使うんだろ?」 「使います!」  即答です。  意地など一瞬で捨てました。  即答した私にハウストは苦笑しましたが、いいのです。もう好きに笑ってください。  私は肘まである革手袋を嵌めると、「どうぞ」とハウストの肩にいる鷹へと手を伸ばす。  すると鷹は翼を広げて今度は私の元へ来てくれました。  革手袋を嵌めた腕に着地して甘えるように頭をすり寄せてくる。 「お利口ですね。元気でしたか?」 「ピイ!」 「元気そうでなによりです」  初めて魔鳥の鷹を目にした時、大型猛禽類の鋭い目と爪に驚いたものです。  初めての時は私もハウストを真似て直接腕に乗せようとしましたが、彼が慌てて止めてくれたのを覚えている。鷹の爪は鎌のように鋭くて、怪我をしてしまうからと彼は許しませんでした。それ以来、鷹はどれだけ私と仲良くなっても革手袋を嵌めるまで待ってくれるのです。 「この手紙をイスラに届けてください。お願いします」 「ピイィィ!」  鷹はひと鳴きして大きな翼を広げます。  私の頭上を一回り旋回すると窓から飛び立っていきました。  それを見送り、ハウストを振り返ります。 「…………呆れましたか?」 「いいや、別に」 「うそです。呆れています」  だってあなた、面白そうに目が笑っている。  少し悔しくなりましたが、いいのです。イスラの成長は嬉しいけれど寂しいものは寂しいのですから。  私は革手袋を外し、ハウストへと手を伸ばす。 「ハウスト、慰めてください」  素直に甘えた私にハウストは眉を上げる。  でも次には嬉しそうに破顔しました。 「それは是非。願ってもない」  ハウストは大仰に恭しく一礼すると、私の手を優しく握り締めてくれます。  手を繋いで、引き寄せられて、そっと抱きしめられる。  私はハウストの腕の中で目を閉じる。  イスラとゼロスはいずれ私の手を離れていくでしょう。  けれどきっと大丈夫。どんなに離れても、繋がっていると信じられるのですから。 完結 ―――――― 読んでくださってありがとうございました!感想などいただければ嬉しいです! 『勇者と冥王のママは二年後も魔王様と』はタイトル通り二年後の四人でした。 シリーズは二年後に入りまして、二年後の四人の成長や日常を書けて良かったです。 ハウストとブレイラは大人びた感じになりました。しかもハウストは以前より父上らしくなりました。創世までのハウストはなんだかんだで新米父上でしたから。 そしてイスラは急成長、ゼロスは甘えん坊な感じで成長しました。 私は物語を考える時に結構長期設計で考えるので、私の脳内には大人になったイスラやゼロスの設定や物語もあったりします。シリーズを書きながら、王を育てるブレイラと、成長していくイスラ達の様子も書けたらいいなって思います。 この『勇者と冥王のママは二年後も魔王様と』には、今回公開したEpisode1の他にEpisode2の書き下ろし番外編があるんですが、そちらはイスラが初めて一人旅する話しでした。興味がある方はどうぞ。だいたい2万字くらいの短編です。 このシリーズ小説は家族が増えて成長していくので、それにつれて書き下ろし番外編とかが多くなっていきます。 ちなみに次の暁も番外編だけで10万字ほどあったりするんですよ。本編に入りきらなかった家族の日常エピソードとかです。 次作は『勇者と冥王のママは暁を魔王様と』です。 長編です。創世より長いです。 内容は、三人目の新しい兄弟が増えたり、イスラがいろいろ大変なことになったり、ブレイラがイスラを連れて逃げたり、ゼロスが戦闘デビューしたり、イスラとゼロスが兄弟修行旅をしたり、ハウストが父上らしく頑張ったり、ハウストとブレイラとジェノキスが敵基地潜入したり、いろいろきつい大変な展開もあったりしますが家族でハッピーエンドです。三男クロードもここから出てきます。 公開連載は近日中に始められると思います。 感想などいただけたら励みになります!
/57ページ

最初のコメントを投稿しよう!

208人が本棚に入れています
本棚に追加