聴こえるのは、苦じゃない

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「それじゃあ、全部集めたら職員室まで持って来てね」  鐘が鳴り、授業中に出した課題を放課後までに提出するよう告げた先生は、後のプリントの回収を彼女に託すと早々に去って行った。  嫌われている訳ではなく、むしろ高嶺の花のような存在の彼女はクラスでも少し浮いているせいか、プリントを預けに行くクラスメイトたちはどこか遠慮がちだ。  表情一つを変えず、無言で頷いて彼女は受け取るが、それでも男子生徒たちはそわそわしながら手渡している。  課題は単純で難題だった。  好きな句を選び、その現代語訳をせよと書かれた紙を前に、僕はかたまっていた。  得意ではない訳と、それを彼女に渡さなければならないという二重のプレッシャーのせいでまったくペンが動かない。  その後の授業中も真っ白なプリントは机の上に置かれたまま、気づけばあっという間に放課後をむかえてしまった。 「提出出来そう?」  消しゴムまみれの机に突然、影が落ちる。  どうにか仕上げたプリントは所々破れたりしわになったりしていたが、問題はそこではなかった。  驚いて顔を上げると、視界に飛び込んだのはこれまでで一番近い距離にいる彼女。  周りを見渡すと帰り支度をする人、すでに部活へとむかう人、漫画やスマホを取り出し談笑する人。そう、もうとっくにタイムリミットなのだ。  きっと僕が最後なのだろう。早く済ませて帰りたいだろうに、急かすことなく待っていてくれたのかもしれない。 「あ、うん」  初めて話しかけられたというのに、嬉しさよりも申し訳なさが勝り、謝りたいのに言葉に詰まってしまった。 「風をいたみ…この句、好きなの?」  渡したプリントに目を通すと、彼女は不思議そうにたずねてきた。 「いや、なんとなく、気持ちがわかるなぁって思って」  会話が続くとは予想もしていなかったので、思考回路はしどろもどろである。そのためか取り繕う余裕もなく、ぽろっと本音が出てしまった。 「私はこれ」  少しだけ困ったように眉をひそめた彼女は、持っていたプリントの束の一番下から自分の名が書かれたそれを取り出すと、僕の前に広げて見せた。 『かくとだに えやは伊吹の さしも草   さしも知らじな 燃ゆる思いを』  こんなにあなたを思っていることを、口にすることさえ出来ません。   伊吹のさしも草のように燃えるようなこの思いも、あなたはご存じないでしょう。 「同じ」  彼女の瞳が僕を映す。捕らえられたかのように、真っ直ぐな視線から目が離せなくなって。速度を増す心拍数に、思わず胸元を押さえた。 「詠んだ人の気持ち、わかるから」  さっきと同じ困った顔のままなのに。なぜだろう、勘違いしてしまいそうになるのは。  ほんのり染まった耳のせいか、淡く色付いた頬のせいか。  それとも彼女が押さえた、手の行方のせいか。 完
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