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初めから恋だった
今まで、何度も聞こうと思った。
『おまえにとって、俺って一体何?』
でも、今は聞こうとも思わなくなった。
聞いたところで今更、俺と奴の関係が変わるとは思えないし、俺は奴──凌介と、そこまで深い関係になりたいと思っていないのだ、多分。
きっと凌介も同じだろう。だから俺に何も言わないし、何も聞かないんだ。
そんな関係も今年で20年と少し。ちょっとしたお祝いでもした方がいいんじゃないか?とふと思い、そんなことを考えた自分が可笑しくて口角を少し上げた。
*
「おーい海里、いるか?」
玄関のドアが開く音がして、数秒後に凌介が寝室に顔を覗かせた。
「あ、いた」
「いるよ……玄関に靴、あっただろ」
身体を起こし、目を擦りながら答える。奴はそんな俺の返事を無視して続けた。
「まだ寝てたのか?もうすぐ10時だぞ」
「日付が変わってから帰ってきたんだ」
「仕事忙しいのか?」
「まあまあ」
「ふーん。ちなみに俺は明日から二週間ドイツに出張なんだ、土産にヴルスト買ってきてやるよ。とりあえず朝飯も買ってきてやったから食べるぞ」
「ん、」
のそのそと起き出し、ボリボリと腹をかきながらダイニングへと向かう。
凌介は買ってきたものを無造作にテーブルへ並べて、勝手知ったるといった様子でコーヒーメーカーの準備をしている。
俺達は別々の場所で生活しているのだけど、もうこの部屋の中で凌介の知らない場所はない。俺は煙草に火を付けると、奴の一連の動作を黙って観察した。
「ったく、どっちが家主だか分からない」
熱いブラックコーヒーと買ってきたクロワッサンを口に運びながら、少し呆れた声で陵介が言う。俺も食べながら返事をした。
「お前が勝手にやってるだけだろ」
「それはそうだけど。でもお前、少しは俺に感謝してもバチは当たらないと思うぞ」
「どうもありがとう」
「どういたしまして」
一週間または二週間に一度、大学時代からのこの友人は俺を訪ねてくる。俺の方から会いに行ったことは一度も無い。
別にこっちから会いに行ってもいいのだが、行こうと思ったら奴の方が来るし、会いに行く理由は特に無いのだ。
だから凌介の方も俺に会いに来る特別な理由など無いはずだが──奴はこの行為を俺の『生存確認』と呼んでいる。
「海里は放っておくと飯食わないからなぁ」
「生命維持できるくらいには食べてる」
「ほら、そういうとこだ」
「どういうとこ?」
「まあいい、俺は午後からは講義なんだ。お前、今日は一日休みだろ?」
「うん」
「じゃ、これ食ったらセックスしよう」
まるで買い物にでも行こう、と言うような軽いノリで凌介は言った。これもいつものことだ。
「……俺、結構疲れてるんだけど?」
「お前はマグロでいいよ。つっても、最後ノリノリになってんのはいっつもお前の方だけど」
「うるさいな」
図星を指されて、それが何となく悔しくてわざと時間を掛けて朝飯を食べた。そんな俺を凌介は楽しそうに眺めている。
食後にも煙草を吸ってわざと待たせてやろうか──と思ったけど、奴はそんな俺の思惑に気付いたらしく『あんまり時間ないんだから』と半ば強引に俺を浴室へと放り込んだ。
凌介の時間があろうと無かろうと、俺には関係ないんだけど。
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