1:伝言

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 少し位揺すっても、びくともしない瑞樹に、段々とリンの揺すり方も激しくなる。最終的に枕にしていた腕を無理やりどけようとして、机にゴンと頭をぶつけた衝撃で目を覚ます。まだよく状況のわかっていない瑞樹にリンがあきれたように話かける。 「…‥よく学校でそこまで熟睡できるね。もう終礼も終わっちゃったよ」 「ああ、もう終わったのか。昨日、完徹で学校来たから完全に熟睡だったわ」  瑞樹は机に打った額のあたりをなでた。ずっと腕を枕にしていたので、赤く跡がついている。 「完徹って、朝まで何してたの?」 「……ゲームウォッチ」  ゲームウォッチは単純なゲームが行える携帯機器だ。ネオ・ライフに突入後はゲーム産業はいち早く衰退した。それまではオンラインゲーム機が発展し、据え置き型に携帯型とたくさんのゲーム機があったが、一度完全にその文化を失った。モノクロ画面の原始的なこのゲームウォッチでさえ流行りだしたのは昨年ぐらいからだ。 「ゲームウォッチ?」 「……正確にはその分解」  答えるか迷ったが、リンに朝までゲームをしていたと誤解はされたくなかった。 「分解? ゲームをしてたんじゃなくて?」 「ああ、どうなってるか仕組みが知りたくて。どうせならもっとすごいゲームを組み込めないかなと思ったんだ」  リンが何か珍しいものを見つけたかのように瑞樹を見る。二人のやり取りなど気にも留めず教室からは、どんどんと人が減っていく。 「前から思っていたけど、原くんって変わってるよね。そんなことしておもしろい?」 「何言ってんだよ、豊原さん! 一応、工業高校なんだし、そういったことに興味を持つのは悪いことじゃないだろ?」  瑞樹としては至極まっとうな好奇心だと思っているので、変人扱いされてはたまらない。 「それはそうかもしれないけど……そんな前向きな工業高校生初めて見たかも。だって技術開発自体、世界的に制限がかかってるじゃない。確かに今ある工場などを動かしてく必要はあるかもしれないけど、そこまで新しいことをやりたいってなかなか珍しくない?」  国連の方針として世界の技術開発は極端に制限されている。それどころか過去にあった技術さえ、ANS開発後は継承されず衰退の一方を辿った。今や工業高校は毎年定員割れ、ここの卒業生も半数近くは工業以外の職に就く。残りの多くも工場作業や手に職つけた職人がほとんどで開発担当の技術者になるものは皆無だ。 「そんな新しいことがやりたいって前向きな訳じゃないけど、単純に気になるんだ。ただの好奇心ってやつ。そもそも、技術開発に制限かけるってのも、本当はよくないんじゃないかって思ってる方だよ」 「うわっ! それ危険主義者のやつだよ。あんまり外で言わない方がいいよ」  NL81年の現在になっても二度のスマホ戦争の原因になったインターネットなどのネット回線や科学技術を取り戻そうという動きが一部の過激組織の中である。ただ、そういった思想を実行に移そうとした者たちは大抵、各国の政府によって取り締まられている。  多くの者にとって現在の便利さ以上の生活は望まないし、科学技術の過度の進歩がどれだけの災厄を人類に与えてきたか幼少のころから教育され続けてきた。 「別にそんなんじゃないよ。ただ昔はここにいながら世界中の人とつながったり、それこそスマホに話しかければ何でも調べることができたってんだぜ。そりゃ実際に見てみたいし、使ってみたい、興味が湧くのも当然だろ?」  教科書の中に出てくる夢のような機械や技術たち……確かに使い方を誤ると恐ろしい面があるかもしれないが、それは使い方しだいだ。ずっとその話を聞いてきて瑞樹はできることならその技術を体験したいと思っていた。 「当然かどうかは別にして……やっぱり原くんが変わりものってことだけはわかったわ」 「だから、変わりものじゃないって……」  瑞樹がムキになって否定するのをくすくすとリンは笑う。そういえばリンが笑っているのをまともに見るのは初めてかもしれないと瑞樹は思った。席が隣になってからも最低限のあいさつ以外の会話を交わしたことはほとんどない。 「はいはい、それじゃあ、ちゃんと原くんを起こすこともできたから私は帰るね」  通学用のスクールバッグに筆記用具を入れて帰り支度を始める。ちゃんと教科書を持って帰るところにリンの真面目さが表れていた。 「あれ? 豊原さんって部活入ってなかった?」 「うん、帰宅部だよ。帰ったらいろいろ忙しいし」  スクールバッグを肩から背負い、リンが立ち上がる。 「バイトとか?」  立ち上がったリンの背中に瑞樹が問いかける。 「ううん……『探しもの』かな」 「探しもの?」  リンの言っている意味がいまいちわからず瑞樹はとまどう。そんな瑞樹を気にも留めず「それじゃあ、また明日」と笑みを浮かべて、リンは教室を後にした。
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