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「撃て——」
父が放った撃ての後に続く言葉は、果たして僕の名前だっただろうか。いつになく大きな声は獣の咆哮にも似て、獣に脅威を与えるには十分だった。獣が父の方へ向かっていく。爪が木を薙ぐ音がした。父さん、いけないよ。そんなに大声を出したら獣が防衛的な攻撃に出てしまう。父さんが教えてくれたことじゃないか——。
僕は獣の側面から胸に三発目の弾丸を放った。獣の体が跳ね上がった。バイタルゾーンに入ったのだ。今の一撃が致命傷になるはずだ。父が放つはずの四発目の銃声が聞こえない。だが獣はまだ動いている。僕はありったけの弾を撃ち込み、そのまま地面に倒れ込んだ。
静けさの中で、僕は息だけをしている。父の生死も、獲物の確認もできないまま。たとえ死んでいたとしても父は自然の中で食物連鎖の一部になっただけ。それは獣の生き方としては自然なこと。なのに涙が滲むのは、僕の中に母の、人間の残滓が残っているからなのだろうか。
睫毛が凍って目を開けることもできず、白い闇が僕を包み込む。
雪の向こうに、毛皮を被った母の姿を見たような気がした。
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