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母が家を出て行ったのは、吹雪の日だった。
最後に見た母はまるで森の中で見る動物のような姿をしていた。テンの帽子、『名前を呼んではならないあの獣』の毛皮のロングコート(両方とも父が獲ったやつだ)、ミンクの毛皮でできた手袋(僕が初めて獲って母が縫った歪なやつ)、トナカイの皮でできたブーツを身に付けていた。
それは家にある中で一番暖かく、そして高価な装いだった。中にもありったけの服を着込んでいたのだろう。古くは「狩猟民族は全財産を着る」と言われたように。家という定住地のなかった時代のように。母は全財産を着て家を出て行った。華奢だったはずの母の面影は、もうどこにも残っていない。
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