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いつの間にか粉雪が降り始めていた。音もなく降る雪の姿が視界をチラつき意識を削がれる。集中力を途切れさせないよう、より一層神経を尖らせる。小さな結晶の向こうに動く影がないか探す。
それはいつも前触れもなく音もなく、雪の切れ間に現れる。
テンの帽子、『あの獣』のコート、ミンクの手袋、トナカイのブーツ。この森に生息するあらゆる動物の集合体。
雪の向こうに、僕は母の姿を幻視する——。
「動くな」
父の短い声がして、僕は立ち止まった。
『粉雪が降っている間はその場を動くな』という諺がある。水分量の少ない粉雪は空中に舞い上がりやすく、ブリザードを巻き起こす。僕は慌てて近くの木を背にして立ち止まった。
ほどなくして風の音が聞こえ、横殴りの風が吹き始め吹雪となった。僕たちは吹雪が止むまでじっと待つ。
僕は考える。先程雪の間に垣間見た母の姿を。雪が降るといつも現れる母の幻覚。母は都会に出たのだと、頭では分かっている。でも。僕の目はいつだって雪の向こうに母の姿を探してしまう。僕の記憶の母は吹雪の中に消えていったのだ。
その幻影すら掻き消すように、視界が白い闇に覆われた。ホワイトアウトだ。吹雪によって雪煙が舞い上がり、空中の雪粒子に光が乱反射し人の視界に入る光の量が減り、遠近を感じられなくなる現象。父の姿すらもう視認できない。一寸先も見えないほど視界が白く覆われる。
だから僕は、突然現れた獲物に気付くことができなかった。
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