嵐を呼ぶ女子高生が俺の前だけ凪

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「あははははははは!」  文字通りのクラスの中心に出来た人だかり。  その更に中心にいる女の子。  嵐山凪(あらしやま なぎ)。  嵐なのか凪なのか。そんな名前だけど、まあ、現状嵐と言えるくらい騒いでいる。  さっき言った通りクラスの中心人物。台風の中心。  大きな声を大きな口から出しながら笑っている。  その快活さが似合う黒髪ショートカットで、目も大きく、口も大きければ、耳も大きい。  そのくせ、顔は小さくて、身体も小柄だ。シャツを腕捲りして、スカートも短い。  凪はとにかく男女関係なく人気がある。  男子の下らない下ネタにもついていけるし、女子の終わらない愚痴にも延々と耳を傾けてくれる。話題も、地元話からテレビやユーチューブ、はたまた、どこで手に入れたと首を傾げるようなコアな知識まで持っている。  成績はそれなりにいい方だが、トップに入るほどではない。馬鹿には教えられて、成績トップの近寄りがたい上条さんにも遠慮なく聞きに行ける。  運動に至っては下から数えたほうが早い。男子から馬鹿にされて「うっせーわ!」とか言いながら、楽しそうに笑う。  なので、本当に誰からも好かれている。  今日は一段と楽しそうだ。 「誰が能天気だ、このやろー!」 「いやいや、なぎのこと、褒めてんだよ」 「あ、褒めてくれてるのかーならばよし! ってなるかあ!」  ノリツッコミも絶好調。滑ってもウケる。いや、滑るからこそウケる。いじられキャラとしても優秀。 「なぎちゃん! お菓子食べよう!」 「うえええええ!? これ、あの限定のヤツじゃないのお!?」 「お前の為に、ゲットしてきたぜ、ハニー」 「ダーリン! 最高ぅううう! 愛してる~!」  女子と一緒に楽しく昼食。ちらちらと凪達の方を見てる音無さんを凪が呼び、嬉しそうに輪に入っていく音無さん。そして、いい感じに話題をコントロールし、盛り上げる。  クラス委員長ではないが、周りも良く見えている。 「えーと、じゃあ、今日は二九日だから、嵐山」 「なーんでですかあ! 私出席番号1番!」 「まあ、細かいことは気にするな。皺が出来るぞ」 「ねーですわ! こちとらツルツル美肌でやらせてもらってますわ! え~と……7!」 「……残念! 不正解!」 「ぎゃああああ!」  凪の悲鳴が鳴り響く。そして、クラスは大爆笑。先生からの信頼も抜群。  この日も、凪の人気っぷり、そして、彼女を中心とした大騒ぎは放課後まで続き、常に凪は中心に居続けたまま、部活の仲間に呼ばれ、クラスを後にする。 「さてと」 「お、影山。帰るのか?」 「ああ、また明日」 「あ、あのさ! 凪ちゃんの、連絡先……」 「あ~……タイミング合ったらな」 「お、おう! タイミング合えばでいいから」  クラスメイトにぶらぶらと手を振り、クラスを後にする。  今日も凪は絶好調だった。  だから、俺は元気が出るようにアイツの好きなお菓子をいくつかコンビニで買って家に帰る。  コーヒーを淹れ、アニメをだらだらと見て、宿題をだらだらとやり、本を寝転がって読む。  ゆっくりとした時間が心地いい。  すると、チャイムの音が鳴る。  俺は身体を起こし、玄関に向かう。  ドアを開けると、クラスのアイドル凪がいる。  俯いた顔、真一文字に結ばれた口、だんまり。  そこにはクラスのアイドルの見る影もない。 「お菓子は?」 「……食べる」  ぼそりと呟く凪。  丁寧に靴を脱ぎ、そのまますすすとリビングに物音無く進んでいく。  俺は、溜息を一つ凪に聞こえないようについて、ドアを閉め、キッチンに向かう。  凪は、リビングのお気に入りのなんかのキャラクターのクッションに顔を埋めてじっとしている。  俺はコーヒーを淹れてやる。  こぽこぽと珈琲を作る音だけが聞こえる。  ふわりと香る珈琲の匂いと、凪のだろうか甘いシャンプーの匂い。  がさがさとビニール袋をかき混ぜ一番お気に入りのお菓子を取り出し、皿に載せる。  淹れ終わった珈琲に入れる砂糖の音さえしっかり聞こえる。  凪はじっとクッションに顔を埋めているだけ。  俺の足音が聞こえると漸く凪は顔をあげ、目の前に置かれたお菓子と砂糖たっぷりの珈琲、そして、脇に置かれたお菓子とかがいっぱい入ったビニール袋をじっと見つめる。  凪は何も言わない。  だから、俺が一石を投じるしかない。 「……で、今日は何が疲れた?」 「……ぜんぶ」 「じゃあ、もうやめれば?」 「やめられないよ~! ……別に、みんな悪気はないんだし」  そう言って凪は、ぼそぼそと、俺に『今日の傷ついた出来事』をまず最初に言ってくる。お菓子を摘み、珈琲をこくこくと飲みながら、淡々と淡々と呟き続ける。  凪は元々クラスで大騒ぎするような性格ではなかった。  凪とは小中も同じ学校だった。同じ学校区だったからまあその通りなんだけど、家は同じマンションで違う階。接点はそこまでなかったけれど、まあ、帰り道とか同じだし、親同士が仲良くなったこともあってよく遊びに来てたりした。  今となっては凪という名が相応しくない感じがするが、昔は、名は体を表すというレベルで物静かで隅っこにいた。今のクラスの音無さんくらいクラスの隅っこで何か言いたそうにしながら俯いていた。ただ、保健委員だったせいかクラスメイトの様子には敏感で、調子の悪そうな子を見つけたら先生に報告し、保健室に連れて行っていた。まあ、それが気にくわなくてわーわー言うやつもいた。  中学卒業の時、親同士が一緒に帰るので俺達も一緒に帰った。俺は帰宅部で別に断る理由もなかったし、凪も一人だけの料理部だったので先生に挨拶をするだけだったので、一緒だった。  相変わらず静かな帰り道、凪は俺に言った。 「私ね、変わろうと思うの」  聞くと、今までの自分を変えたいらしい。真っ赤な顔で一生懸命伝えてくる様子を見て、誰かに宣言せずにはいられなかったんだろうなと思い、応援の言葉を口にした。 「がんばれよ、でも、無理はすんなよ」 「うん」  凪は俺と同じ少し遠い進学校に入った。凪の成績ではギリギリだったのだが、同じ中学校のヤツがほとんどいないであろうそこを選んだ理由は分かる。そこまでして自分を変えたかったんだろう。  そうして、高校入学前の春休み。凪は、長かった黒髪をばっさり切り、色んな雑誌や心理学の本なんかを読み漁り、見事に今の凪になったのだ。 「おっはよ~!」  親と一緒に入学式に向かう俺の背中に聞いたことないテンションの凪の声が。  振り返ると、腕が千切れるんじゃないかというくらい振りながらこちらに駆けてくる凪がいた。後ろでおばさんが苦笑いをしながら歩いてくる。 「おお……おはよう」 「あら! なぎちゃん! どうしたの! すごいイメチェンじゃない~!」 「ふっふっふ! おばさん! 凪はニュー凪として高校デビューいたします!」 「わーぱちぱち」  わーぱちぱちというウチの母親も心配になったがかまわずハイテンションな二人は話を続ける。なので、俺は俺で、同じテンションであろうおばさんのところに行き、ちょっとだけ話をした。  おばさんは、わかったわありがとう、と言うと凪の傍で何事か話をしていた。そして、凪がこちらをちらりと見るともう一度おばさんの方に向き直り頷いていた。  そして、凪の高校デビューは華々しく始まった。  練りに練ったのであろう自己紹介を隣のクラスにまで届くボリューム叫び爆笑を手に入れ、そのまま、休み時間は色んな人に話しかけて挨拶。  帰りの時間にはほとんどの人間が「なぎちゃん」と呼んでいた。  春の宿泊学習では、音無さんと上条さんのぼっち三大巨頭の内二人を誘って繰り広げたコントのような演劇によって人気者としての地位を盤石のものとし、凪のことを知らないという人間はおろか、苦手という人間すらいなくなった。  そして、たかが半月、四月の後半には、凪はゴールデンウィーク全ての日が埋まるという人気っぷりを見せた。そして、俺はその予定を全てキャンセルさせた。  四月最終週のある日、凪は珍しく部活が休みだったようで、俺と一緒に帰っていた。といっても、俺は学校が終わり次第すぐにクラスを出たが、凪はクラスのみんなとひとしきり話をしてから帰ってきたようなので、マンションの手前くらいでようやく合流したのだが。 「ゴールデンウィーク何するの?」 「あー……ゲームとか? 母さん、仕事でいないしゆっくりやろうかと」 「おいおい、若者がそんなことではいかんよ。私と一緒にどこかに行くかね?」 「いや、お前スケジュールいっぱいだろ?」 「そーなんだよー、いやー、まいっちゃうよねー人気者は辛いよ! だからね、優しいなぎちゃんはぼっち一大巨頭となってしまっ……」 「お前、休め」 「……ん?」  マンションの駐輪場でチャリを止めたその時、俺は言った。凪は笑っているようだった。  笑っている『ように』しか見えなかった。  凪はかたまった笑顔のまま俺を見ているけど、口は開かない。  じっとしている。  こういう時の凪は我慢をしている時の凪で、助けを求めている時の凪だ。  と、俺は勝手に考えている。俺が勝手に。 「お前、無理してるだろ。大丈夫だ。予定キャンセルしたってお前なら嫌われないから、休め。つかれてるだろ」  そう言うと、凪は、そのデカい目に思いっきり涙を溜めたかと思うと、ボロボロと涙を溢し、それでも、必死に声はこらえながら泣き出した。  俺は、ひとまず、凪の手を引き俺の家に連れて行き、凪の好きなお菓子を食わせた。  凪は泣きながらも、もくもくとお菓子を食べた。  そして、食べ終わり、珈琲をこくこくと飲み干すと、そこからはぶつぶつ自分の今の感情を呟き続けた。  別に一緒にいたくないわけじゃないとか、好きだけどずっといるのはしんどいとか、自分がなんで笑ってるんだろうって思っちゃうときがあるとか、誰々はここがいいところとか、誰々のここが好きだけどここは直した方がいいとか、とにかくクラスの全員について話したんじゃないだろうか、延々としゃべり続けた。で、喋り終えたらまたちょっと泣いた。 「ごめん……落ち着いた」 「じゃあ、休め。みんななら大丈夫だから。な?」 「……だいじょうぶかなあ?」 「……じゃあ、俺が教室にいるときに話せ。なんかあったら助け船くらいは出す。あと……しんどかったらまた話くらいは聞くから」 「……うん」  とまた泣き出した。そして、その日は目を真っ赤にして家に帰った。その夜、おばさんが来て、俺にお菓子をくれた。俺の好きなお菓子と凪の好きなお菓子だ。あと、ウチの母親が好きなお菓子も。太陽くんの言った通りになっちゃったわね、と言いながらおばさんはお菓子を渡してきた。  俺は高校の入学式の日に、おばさんに、凪に、連絡先はあまり教え過ぎずになんかあったら学校で直接話しに来なよと新しい友達に言った方がいいと思う、みたいなことをおばさんから伝えたほうがいいんじゃないかと提案した。  あの凪なら多分人気者になれる。けど、その分頼られてめちゃくちゃになる気がした。  けど、俺は偶々近くに住む偶々同級生の男だ。勝手にそんなことを言う資格はない。  だから、おばさんに提案だけした。おばさんはしっかりした人だから意味が分かったようで凪に伝えたっぽい。だから、凪の連絡先は知ってる人が少なく、小中一緒だった俺に今も聞いてくるヤツが何人もいる。俺は個人情報を簡単に明かさない方がいいと思っているタイプなので、教えたりはせずぼんやりとごまかした。  おばさんは、帰り際に、これからもよろしくねとやさしい笑みを浮かべて帰っていった。ウチの母親は、お菓子を貰って狂喜乱舞していた。  そして、翌日。凪はクラスメイトやらなんやらのお誘いを断った。家の用事があるからとかなんとか言っていた。少し残念そうな表情になるクラスメイトはいたが、概ね快く受け入れてもらえたようだ。  ただ、少し残念そうな表情を見るたびにこちらをちらりと見てくるので、あらぬ誤解をされ、何人かの男子に問い詰められた。俺も凪と過ごす予定はないので否定するだけでその場はすんだ。  はずだった。なのに、凪はゴールデンウィーク中、毎日ウチに来た。 「いやー、暇で暇で仕方ないからさ。ほら、家の用事って言い訳した以上外にも出られないし? ゲーム一緒に、しよ?」  俺は、一人用ゲームで黙々と過ごすつもりで対戦なんてするつもりは微塵もなかったんだけど、流石にキャンセルした方がいいと言ったのは自分なので渋々受け入れた。おばさんが、大量のお菓子やら飲み物やら、そして、初日にはお寿司までくれたので文句のいいようがなかった。  俺はそんなに話す方ではないので、黙々とゲームをする。  凪も静かにゲームに集中しているようだった。  会話をしても、 「やった」 「ナイス」  程度だったので、俺としては楽だった。  話す必要がないから、話さない。それが楽だった。  黙々とゲーム、珈琲とお菓子、みんなで食事、一方的に騒ぐ母。  そんな感じで俺のゴールデンウィークは終わった。最終日にはおばさんが寿司を持ってきてくれた。ウチの母親は一番食ってた。  それ以降、凪はちょいちょいウチに来るようになった。  そして、一しきり思うことや悩みやらを全部呟いてぶちまけていった。  凪の好きなお菓子があると、考え方がポジティブ寄りになるので、今日来るなと思う日はお菓子を用意するようにした。その日の夜か、次の日には、おばさんが俺の好きなお菓子とウチの母親の好きなお菓子を持ってきてくれるので、損ではない。ウチの母親の一人勝ちな気もするが。  そして、今日も凪は中心から見える景色と聞こえる情報を話し続けた。  流石クラスの全員大好きなぎちゃんだ。本当に、誰もがなんでも話してるなあと感心しながら俺は、俯きながらぶつぶつ言ってる同じマンションの同級生を見た。  コイツ、彼氏つくんないのかな。彼氏が出来たら、こういう話もソイツとすることになるんだろうな。その時は、コイツの好きなお菓子を教えておこう。   まあ、もし、俺も共通の知り合いだったら。そういや、恋愛相談だけはされないな。うん、されないな。  そんなことを考えてると、話し終わったのか、じっと珈琲の入ったカップを見つめながら凪が黙っている。  これは、何か言って欲しい時のだんまりじゃない。  だから、俺も黙る。  遠くの子供たちの声。  どこかで頑張ってくれてる救急車の音。  飛行機の音。  時計の音。  俺はこういう時間が嫌いではない。  珈琲と甘い匂いが心地よい。  ガサリという音。  そして、甘い匂いが近づいてくる。  気付けば凪が、持っていた袋を俺に突き出している。 「今までのお礼も兼ねて」  そう言った袋の中には俺の好きなお菓子が入っていた。いや、おばさんにも貰ってるからと言おうとしたら、その底の方になんかチケット袋みたいなのが見えた。  いや、もう勘弁してほしい。クラスの『全員』大好きなぎちゃんなんだぞ。 こちとら思春期だ。例え、端っこの住人でも期待してしまう。今、見たほうがいいのか。誰かとよかったら行って、だったらもうウチに入れる勇気なくなるかもしれないぞ。  なので、俺は見えなかった振りをした。  それに、期待して待つくらいなら、俺は自分から当たって砕ける方を選ぶ。  こっちを見ずに次に食べるお菓子を、俺の買ってきた方の袋に顔を突っ込んでがさごそしている凪の動きが止まる。  俺のは分かりやすいぞ。付箋のメッセージ付きだから。  あ、こっち見た。相変わらず目がデカいな。そんで、デカさゆえか良く見えてるんだよな。端っこまで見えて良く気を使ってくれてるんだよな。  大丈夫。その水族館のチケットを断られても、お前がよければいつでも話は聞いてやるから。  口は真一文字に結ばれたまま。何も言わない。  どくんどくんと心臓の音が聞こえる気がする。  これは、俺の? 凪の?  凪は静かなままだから。変わってないから。  だから。  俺が一石を投じる。 「とりあえず、今思ってることをゆっくりでいいから話してくれ」  俺がそう言うと、凪は相変わらず小さな声で俺に返事をくれた。
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