人工知能が最適な相手をお探しします

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 湧き上がる怒りと興奮。  必死でそれを押し殺そうとするが、抑えが利かない。  直接、宣告してやる。相手は殺人犯。  この場で、全てを明らかにしてやる。謝罪させて警察に突き出してやる。  いや、それじゃ足りない。俺の手でこの女を……。  息を短く吐いてから、俺は口を開いた。 「お前は二十年前に、俺の両親を殺した犯人だ。間違いない!」  ガタっと床に何かが擦れる音。女が椅子を動かしたのだ。動揺している。図星だ。足音は聞こえない。無音だが部屋から出てはいない。 「そ、それは、私の右頬に傷があるから、でしょうか?」  声が震えている。この期に及んで何か反論をしようとしているのか? まあいい、徹底的に追い込んでやる。 「生い立ちと傷。間違いない、あんたが犯人だ」  数秒の沈黙が流れてから、女が口を開いた。 「お辛い経験をされたのですね。お察しします。でも、私は犯人じゃありません」 「なぜ、そう言える!」  感情を殺したつもりが、思ったより大声が出てしまった。 「私の頬の傷ですが……火傷ではありません。切り傷です。鋭利な刃物でついた傷です」 「な、なんだと……」  グッと喉をならして俺は言葉に詰まった。火傷の傷じゃないのか? 犯人じゃないのか。偶然、右頬に傷がある女性が選ばれたのか。人工知能が俺が探している人物と判断したのは、傷があるという事実についてだけか。 「まさか、記憶違いだなんて、おっしゃられませんわよね」  女性の口調に嘲笑が混じっている気がした。煽っているのか。胃の中からムカムカしたものが食道に登ってくる。  俺は目を閉じた。暗闇なので目を開けていても、閉じていても変わらない。しかし、人間は昔のことを回想するには目を閉じるという切っ掛けが必要なようだ。  二十年前。  あのシーンを回想する。脳内の引き出しを開けるのだ。思い出せ。犯人の……あの女の顔を。  眠っていた俺は台所で大きな音がしたので見に行った。誰かが倒れている。母さんだ。そして、二人の大人が取っ組み合っている。男性と女性。男性は父さん……女性が犯人!  顔が見えない。女性が父さんを突き放した。そして、間髪入れずに胸に包丁を突き立てた。父さんは心臓から血しぶきを上げて倒れた。女が馬乗りになりめった刺しにする。  見えた! 女性の顔……。  クソっ。傷……傷はやはり火傷。血走る目で狂気の笑みを浮かべる女性の右頬にはケロイド状の火傷。  女性が動かなくなった父さんの脇で立ち上がった。  このあと、俺に迫ってくるのだ。もういい、残念だが回想はこれまでだ。  その時、突然、脳内に電流のような頭痛が走った。痛みで顔をしかめてしまう。  ……!?  回想が終わらない。何だこれは! 二十年間、こんなことは無かった。次の記憶は病院のはず。 * * *  立ち上がった女と俺までの距離は五メートル。  女がニッと俺の方へ笑いかける。返り血を浴びたその顔は、口裂け女のような恐ろしさ。 「待ちなさい!」  金切り音のような強烈な叫びが耳に届いた。同時に、人影が俺と女の間に飛び出してきた。 「刺すなら私を刺しなさい。でも、ただじゃすまないわよ!」  人影は両手を開いて大の字で立ちはだかった。肩まで伸びた黒髪をはためかせている。俺からは背中しか見えない。女性……いや、身長から少女。  誰だ!? 「ヒヒヒヒ、ヒャアー」  女が意味の分からない奇声を上げて、包丁を少女の顔面へ一直線に突き出した。  ――逃げろ、刺される!  幼い俺は恐怖で声がでない。黙って見ているだけ。  刺される! そう思った瞬間、少女は頭を少しだけ左に倒した。包丁が右頬をかすめて少女の肩の上を通過する。  少女の動きは凄まじかった。通過した瞬間の腕を掴むと、背負い投げの要領で女を床に叩き付けた。グシャと気持ちの悪い音をたて、女の顔面が床に激突した。  少女は、痙攣して気絶した女の手から包丁を奪い、遠くに投げた。  そして、体をクルっと回転させ俺の方へ歩いてくる。  右頬はパックリと割れて鮮血が流れ出ていた。少女は目の前まで来ると、俺を強く抱きしめた。 「よかった、無事で……」  抱きしめた腕は震えていた。俺は声を上げて泣き始めた。恐怖と安心が入りまじった感情が抑えきれなくなっていた。 「うう……怖かったよお……お姉ちゃん」  回想の中の俺は、確かにそう言った。  俺は一人っ子じゃなかったのだ。  俺を助けてくれた姉がいた。  今、この瞬間まで忘れていた。  何と言うことだ。トラウマが記憶障害を起こして、最も大切な人の記憶を、感知できない奥底に沈めてしまっていたのだ。 「うう、うううう」  俺は両手で顔を覆っていた。その手を顔から離す。手汗でぐっしょり湿っている。  手汗じゃない。俺の両の瞳から、とめどなく涙が溢れていた。 「……あ、あの。タクヤさん? 大丈夫、ですか?」  どのくらい回想していたのか分からない。暗闇の先の女性は、それをじっと待っていたのだ。 「ケイコさん……一つだけ……教えてもらっていいでしょうか?」  俺は震える涙声で、たどたどしく問いかけた。 「あなたには、弟さんが……いますか?」  女性がヒャと小さい悲鳴を上げたような気がした。そして、フーと息を大きく吐いてからこう答えた。 「ええ、おります。会いたくて、会いたくて仕方がない、大切な弟が」 (了)
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