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真っ白な壁にポツンと丸椅子が置かれただけのシンプルな部屋。見えてる範囲が六畳ほど。決して広い部屋ではない。相手との距離を考慮した面積になっているのだろう。
正面の壁には、ビルに入るときに設置されているような両方向にスライドして開く自動扉が設置されていた。扉は壁と同じ白色で塗装されており、反対側は見えない。
「お相手が着席されました。では、消灯いたします」
スピーカは見えないので、壁に埋め込まれているのだろう。女性の声が途切れるとすぐに、電灯が消えた。そして、低い唸り音が耳に届く。自動扉が開いたのだろう。
真っ暗闇、そして、無音。俺は寝るときは常夜灯はつけないタイプ。しかし、すぐに寝てしまうので暗闇だと思ったことはない。完全に覚醒した状態で、暗闇に置かれると不思議な感覚だった。
「僕、タクヤっていいます。偽名ですが。本当に真っ暗なんですね」
小さい笑い声を挟みながら、場を和ませる努力をした。カサッと服が擦れる音が聞こえた。おそらく、照明の下では気付かなかったであろう小さい音。
しばらく無音。実際は五秒ほどだっただろう。ひどく長い時間が経ったような気がした。
「わ、私、ケイコと申します。ぎ、偽名ですが」
落ち着いた声色だ。若くないのか? 声の感じから俺より年上な印象。だが、声だけで判断するわけにはいかない。会話の中で掴んでいくことにする。
「ケイコさんは、どうして、このサービスを選ばれたのですか?」
人見知りかもしれないと思ったので、こちらから話題を振った。また、カサッと洋服が擦れる音。体をビクッと動かしたのか。
「私、その、色々とワケありでして、通常の紹介所だと適切な方と巡り合うのが難しいんです。ごめんなさい。引きますよね」
「いえ、正直に言っていただいて、ありがとうございます」
感謝を述べたのは、本心からだ。なぜなら、俺自身の理由と同じだったからだ。『ワケあり』俺に最適なワード。
入会時に書いたプロフィールを読んだら、普通の女性は近付かないだろう。それを踏まえて、人工知能が相手をマッチングしてくれたのだ。
相手が『ワケあり』であるのは仕方がないし、それでいいと思っている。もちろん、度合いにはよるが。
「実は僕もワケありでして。あまり多くは語りたくないのですが……」
俺は幼少期からの生い立ちを回想した。どこまで話したものか。
* * *
俺には幼少期の記憶が欠けている。激しいトラウマによる記憶障害、医者にはそう告げられた。「あれほどの事件を目の当たりにしたのだから」と医者は納得していた。
あれほどの事件、それは殺人事件。被害者は他人ではない、誰よりも大好きだった両親だ。俺が五歳のとき、その事件は起こった。
突然、自宅のマンションに乗り込んできたのは女性だった。家に入り込んだその女性は、まず、母親を包丁で刺した。続いて、止めに入った父親を刺した。倒れた父親に馬乗りになり何度も刺した。
俺は呆然と、何もできずにその光景を見ていた。返り血が女性の顔に飛び散っていた。女性は笑っていた。散々、刺したあと女性は、俺の方へゆっくりと歩いてきた。
そのシーンは俺の記憶に強く焼き付いている。女性の顔、そして、その右頬に大きな火傷があったことを。
俺の記憶はここで途切れた。どうやって逃げたのか覚えていない。目が覚めると、病院のベッドだった。
両親が死んだことは、しばらくして理解できた。一人っ子だった俺は、田舎の親戚に預けられた。
数年後、分別がつく年になった頃、犯人について聞かされた。犯人の女性は、父親の浮気相手。
別れのもつれというやつだ。結局、犯人は捕まらなかった。犯人が誰かまで分かっているのにだ。
親戚と折り合いが悪かった俺は、中学に上がると同時に専門の施設に入れられた。
中学卒業と同時に、俺はその施設から脱走した。自暴自棄だったのかもしれない。今の勤め先の社長と会うまでは。
橋の下で浮浪者のような生活をしていた俺を偶然、見つけて招き入れてくれたのは、小さな町工場の社長だった。
俺は住み込みで働くことになった。社長も合意の上で偽名で働かせてもらった。過去と決別したい一心だった。
必死で働いた。そして、俺は今年、係長になった。社長には感謝しかない。父親のような存在と言っても過言ではない。
こんな俺が、結婚まで考えることができるようになったのは、社長のおかげだ。
* * *
「あの、私と話すのが、お嫌ですか?」
「すみません。ちょっと、話題を考えていまして」
回想が長くなり、無言の時間を作ってしまったようだ。回りくどいことが苦手な俺は単刀直入に聞くことにした。
「ぶしつけで申し訳ありませんが、ケイコさんのワケのこと聞かせていただけませんか?」
自分から先に話さないのはズルい気がした。しかし、相手の話に応じて自分のことをどこまで話そうか決めたいと思った。
相手が話してくれなければマッチング不成立。それなら、それでいい。
「は、はい。ここのシステムは、互いを良く知ること……ですから」
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