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「私、コンプレックスがあるんです」
「コンプレックス? それは、誰でも一つや二つありそうなものですが」
極度に太っているなど、容姿が飛びぬけて劣っているのか?
俺は、容姿にこだわるつもりはない。俺自身の生い立ち自体、特異なもの。それを受入れてくれるかが最重要だ。とはいえ、平均的な容姿は希望したいところだ。
「傷が、あるんです……」
女性は声を詰まらせた。コンプレックスに思うほどの大けがでもしたのだろうか。通常の活動ができないほどの後遺症があるとか。それなら、結婚相手としては断るしかなくなる。
「顔に、右の頬に大きな傷がありまして」
はあ、と俺は小声で返答をした。それなら、後遺症とか、そういう類のものではないな。結婚相手として問題は……いや、待て。
『右頬』俺はこの響きに他人とは異なる強い反応を示す。この暗闇という特殊環境が、その反応を遅らせていた。
右頬に火傷の傷がある女性。
目の前で俺の両親を刺殺した犯人。はっきりと目にしている。女性の顔を。目を閉じるといつでも脳裏に浮かべることができるほどだ。
まさか、この女性が犯人? バカな、捕まっていないといっても、のこのこと結婚相談所に出てくるわけはない。人違いだ。
結婚相談所……ここは、そういう場所だっけ? 説明を受けた際の記憶をたどる。
『人工知能を使って最適なお相手を探すサービスを提供しております』
最適な相手。結婚なんて言ってなかった。結果的に結婚相手や交際相手を探すケースが多いので、そういうサービスだと思い込んでいた。
しかし、違う。このサービスは『最適な相手』を探すものなのだ。俺はプロフィールに何て書いた?
トラウマ、幼少期の出来事……そして、こうも書いた。『右頬に火傷のある犯人を探して謝罪させたい』と。
人工知能がそれを考慮して、この女性を選んだのか。じゃあ、女性が犯人だという可能性がある。
大きく深呼吸をした。心拍数が上がっているが、悟られてはいけない。冷静に質問をするんだ。会話から犯人である証拠を引き出すのだ。
「頬に傷。それは、女性にとってはさぞ、お辛いことでしょう。しかし、私は気になりません」
「そう言って頂き、安心しました」
女性はホッとしたのか、声色が明るくなった。ここからだ、緩急をつけながら生い立ちを引き出せ。
「ご趣味を教えて頂いてもいいでしょうか?」
「女性としては特殊ですが合気道を少し。小さいころから習っております。護身術程度ですが」
合気道。そうか、そのトレーニングがあったからこそ、男性と組み合っても勝つことができたのだ。真相に近付いているぞ。
「ちなみに、年齢はおいくつでしょうか?」
「年齢はちょっと……」
個人情報は話さないルールだ。無理に問い詰めることはできない。
記憶の中の犯人は若かった。当時、三十代半ばだった父さんの浮気相手。おそらく二十代前半といったところだ。
俺は事件についてほとんど知らない。調べるとトラウマが再発しそうで遠ざかっていたのだ。日々のニュースも見ない。
俺ほど時事ネタを知らない奴はいないだろう。だから、犯人について知っていることは、記憶の中の情報しかない。
当時、二十代前半なら、二十年経過した現在、四十代前半。婚活をしていてもおかしくない年齢。おちついた語り口も納得できる。
「お住まいは、ずっと東京ですか?」
「幼い頃、東京の北の方に住んでいました。ワケがあって、長らく東京を離れていましたが、今は戻ってきました」
東京の北の方……事件当時、俺たちが住んでいたのもその辺り。しばらく離れていたのは、事件を起こして隠れるためか。
「なぜ、東京を離れたのですか?」
一方的に質問するのは、男女のお見合いではご法度かもしれない。しかし、女性は疑問を挟まずに返答した。
「ちょっと、お話できないような事件……に巻き込まれてしまいまして」
間違いない、この女。俺の両親を殺した犯人だ!
巻き込まれただと! ふざけるな!
自分が起こした犯罪のくせに!
「唐突ですが、俺の『ワケあり』についてお話してもよろしいでしょうか」
この女は俺が被害者の遺族だと知らない。まずは思い知らせてやる。俺の素性を聞いて恐怖するがいい。
俺は生い立ちを全て語った。そして、記憶が途切れる直前のあのシーンを最後に告げた。
女には、右頬に大きな火傷があったと。
女性は声を上げることなく聞いていた。まるで、そこにいないかのように無音で。
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