忘却の匂い

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忘却の匂い

彩られた菊の花を見ていた。 午後6時32分着、木々を縫う列車に揺られる。 向かいの窓から差し込む夕陽が花に彩を修飾している。 何度、この瞳で眺めただろう。 私にはもうよく分からなかった。 「枯れた花弁に高揚するのだ。」 独り、車内に言葉を紡ぐ。 これもきっと気のせいだと解ったまま。 さらり。 梅雨も明け、渇いた暑さが訪れる。 花々は降りそそいだ飴に飽和し、 やがて耐え切れず崩れて仕舞った。 車内に響くのは揺れる振動音だけ。 むこうの窓からは夕陽が覗き、その光は私を照らす。 やがて列車が速度を落とし始めた頃、 その日は向こうの山に落ちていた。 「もう私を忘れているのだろうなぁ」 呟く。 体が駅に近づくのを報せる様に傾いた。 夏菊を見ていた。 独り、陽のなかで 暮れて逝く日を探していた。 終着駅、今夜は其処に花火が上がる。 響くのはひとつ、 震えるだけの臓の音だけ。 遮断機を振り払って 触れたのは、枯れた菊の花だけ。 沈んでいくだけの日を追って 「消えて仕舞った」なんて叫んでも 白と黒の目じゃ君の心の彩は 覗けないんだから。 嗚呼、花火が頭上に咲いた。 色鮮やかに溶けてばかりの土を踏みつけた、 何時までも僕は子供のままだ。 さらり、体が宙に浮いた。 そんな夢を見ていることにすら 気がつけないままだ。 「もう忘れているんだろうから、私は、遠くに。」 揺れた菊の葉、浅い夜に微睡んだ。
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