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Ⅳ.身体を下さい
翁はすがるように金色ナメクジに近付くと膝をつきました。
「ワシの娘!? それは本当なのか」
『ハイ、私ハ、アナタノ娘。デモ身体ガ無イ。モウ消エマス。サヨウナラ』
「ま、待て、待つんじゃ、そうじゃ! 身体ならワシのを使ってええ!」
力強く発する翁でしたが、金色ナメクジはまるで首をふるかのように左右に揺れます。
『残念ナガラ、男性ノ身体デハ、無理デス』
「じゃあ! じゃあ、ばあさんの身体を使ってもええ!」
『ソレ勝手ニ、ヒドクナイ? アト、年老イタ身体ハ個人的ニ嫌デス』
「お前もひどいじゃろ! 分かった、ちょっと待っておれ!!!」
翁は立ち上がると、素早く周囲に目を走らせます。どこかに女性の身体は落ちていないものか。翁の頭は必死のあまり少しサイコになっていましたが、自分ではそんなことに気付いていません。
その時、翁の目に飛び込んできたのは雌鶏でした。あれも一応肉体を持つ女の身体であることに間違いありません。翁は素早い動きで雌鶏を捕まえると、急いで金色ナメクジのところまで運びます。
「いたぞ、メスじゃ! どうじゃ!?」
『メス!? メスッテ言ッチャッテル。私ハ人間ノ女性ガ良イノデス。テカ、オバアサンガ駄目デ、雌鶏ガ良イワケ無クナイデスカ?』
「くう! 確かにそうじゃ、ばあさんすまぬ……!」
『モウ駄目デス。私ハ消エマス……アリガトウ……』
「くそ、何か、何か良い手はないのか!!!」
翁は焦りからくる苛立ちに、拳を地面に打ち付けました。自分の不甲斐なさに、無い奥歯を噛み締めます。
――その時です。
目の前を白い小兎がぴょこぴょこと通り過ぎるではありませんか。翁は考えるより先に手が動き、その小兎を捕まえます。そして一か八かの思いで、諦めムードの金色ナメクジにその小兎を差し出しました。
『ウサギ……デスカ……ソシテ、メスデスネ……』
「小兎じゃ。鶏やばあさんよりは、愛嬌があるじゃろうて!」
多方面に失礼な発言をしている翁ですが、そんなことに構っている時間はありませんでした。
『……ナルホド、コレハ確カニ、アザトイカモ知レマセン』
「そうじゃろ、頼む!」
『ワカリマシタ。ソノウサチャンノ身体、オ借リシマス……』
次の瞬間、金色ナメクジが今までより一層眩しく発光し、火の玉のように宙に浮かび上がりました。そして翁の腕の中の小兎の方へ近づき、吸い込まれるように身体の中に入っていきました。
すると今度は、金色ナメクジを宿したと思しき小兎の身体が眩く輝き出します。これには翁も、あまりの眩しさに目を伏せました。
しばらく経ち、ゆっくりと目を開いた翁の腕の中には、なんと人間の赤ん坊が抱えられていました。そしてオギャア、オギャアと泣いているではありませんか。
人間の赤ん坊とほとんど変わりませんが、頭から兎のような大きな耳が生えているのは、明らかに普通の人間でないことを物語っています。
翁は驚きや嬉しさや焦りなど、様々な感情が入り混じり「あひゃあ!」と奇声を発しながらも、赤ん坊を守るように自分の懐へ包むと、自宅へと急ぎ帰っていきました。
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