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Ⅵ.深夜の来訪者
すっかり美しく育った兎姫ですが、その姿を見た者は育ての親である翁とおばあさん以外存在しません。
美しい兎姫が連れて行かれないよう、好奇の目に晒されないよう、ずっと屋内で匿っていたのです。
「――でもおじいさん、私も外の風に当たりたい。夜半の風でいいから」
3歳の頃、兎姫が初めてそう意思表示をしました。他にしてやれることのない翁は、深夜2時から4時までならば人目につかない家の裏手に出ても構わないと約束をしました。
それから2年が経った現在も兎姫はその言いつけを守り、深夜だけ縁側に出ては月を眺めていました。
そんなある日、不躾な若者により平穏が脅かされました。
時刻は草木も眠る深夜3時。翁もおばあさんも寝静まり、兎姫だけがいつものように夜空を眺めていました。
「――おーい、サヌッキー! サヌッキー! 竹をくれ!」
随分と酔いどれた声で、玄関の戸をドンドンと叩く音が響きます。宮廷付きで身分の高い若者・石上が、深夜にも関わらず竹の買付に来たのです。当然翁もおばあさんも熟睡しており、その音に気付きませんでした。
「おいおい無視かよ!? いいのか、俺を誰だと思ってる!?」
怒りを滲ませる石上の声を聞き、翁やおばあさんに何かあっては大変と、兎姫は思わず声を発してしまいました。
「おじいさんは寝ておられます。年寄りですから後1時間もすれば起きますので、その頃においで下さい」
驚いたのは石上です。老夫婦のふたり暮らしだと思っていた家から、若く透き通った女の声がしたのです。
「あ!? 誰だお前は!?」
「私はこの家の娘です。それより、この時間に訪ねられても老人2人は寝ています。むしろ夕方には寝るんです老人ですから。でも起きるのも早いのです老人ですから。だから1時間程お待ちになるか、今はお引取り下さい」
石上は翁に娘がいたことに面食らいました。そしてその娘が短い時間であまりにも老人という言葉を使うことにも気圧されて、その場は一旦引くことにしました。
「わ、分かった。出直そう、失礼した」
石上はそう発すると、帰ったと見せかけて家の裏手に回り込みました。透き通るような声と少し毒のある発言。そんな兎姫の姿をひと目見たいと思ったのです。
石上は竹で頑強に作られた塀の竹と竹の間に指を差し入れると、出来た隙間から中を覗き込みました。
するとそこには、美麗な若い女の姿があるのです。月に照らされたその姿はこの世の者とは思えない神々しさを纏い、そして更に兎のような耳を生やすという、新たなニーズを確立した前衛的な傾城の娘でした。石上はひと目で心を奪われてしまいました。ついでに竹に挟み入れた指を脱臼しました。
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