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第4話「史上最年少の天才剣士
(UnsplashのRaphael Wildが撮影)
龍退治から二週間後。
すずやかな夕風が、蒼天騎士団の寮にいるクルティカの額にあたった。
ホツェル王国の都は『六月祭り』を迎えようとしていた。
『六月祭』はホツェル王国でもっとも重要な祭りだ。狩猟の恵み、森の恵み、畑の恵みを、王国の象徴である『双頭の龍』に願う。
眼下に見える王宮前広場には、すでに五色の布を巻いた花柱が立てられ、夕」日を浴びながら輝いている。
五つの色は、五大騎士団の色。
青は蒼天騎士団。
黄は黄雲騎士団。
赤は紅暁騎士団。
緑は翠月騎士団。
そして花柱のてっぺんでひらめく白の旗は、いま団長不在の黒風騎士団だ。
広場に集りはじめた人々は花柱をながめつつ、今年の願いをそれぞれ口にする。
晴れ晴れした日が続きますように。
狩りの獲物がゆたかであるように。
森の泉が清らかでありますように。
地ぶるいがありませんように。
悪しき病が訪れませんように。
王と、騎士団が国を守ってくれますように。
かすかに甘いメタゼの木の香りがする風を浴びつつ、クルティカは蒼天騎士の青いマントを脱ぎかけた。
「『六月祭り』には参加しない」
おなじマントを着たロウ=レイは、茶色の巻き毛をゆすってクルティカの周りを飛びまわった。
「わがまま言わないで、クルティカ。あんたは蒼天に史上最年少で騎士に選ばれた天才剣士よ。『六月祭り』に出ないなんて、許されないわ」
ロウの小柄な身体が軽やかにはずみ、動きに合わせてマントの裏地が見えた。
青いマントの裏は純白。われらが“蒼天騎士団”の色だ。おなじマントを仏頂面のクルティカも着ている。こちらは身長が180タールを超える長身だから、肩の上に青空と雲を乗せているようだ。
『蒼天騎士は、常に雲の上にあるべし』
蒼天騎士はつねに品格高潔、沈着冷静であることを要求される立場だから。
4年前、クルティカは14歳で騎士になり、このマントを授けられた時には、世界が二倍にも三倍にも広がった気がしたのに。
クルティカは自分の右腕に目を落とした。
肘から指先まで、ぎっちりと皮手袋に覆われた右腕。手袋をはずすと、指さきから手のひらの中央までどす黒く変色している。
そっとロウ=レイが手を伸ばしてきた。クルティカはすばやく身体を引いた。
ロウの手が空をつかむ。
「……ティカ」
「呪われた騎士が、ケネス王が出席される『騎士団揃え』に出られるわけがないだろう」
「手袋をしていれば、わからないわよ」
ロウ=レイは小声でそういうが、そうじゃないことは、二人ともわかっている。
クルティカが古龍の呪詛を浴びたことは、すぐに知れ渡った。ウロコの毒に侵されたおとは一目瞭然だったし、クルティカ自身がすぐに蒼天騎士団の団長、アデムに報告したからだ。
アデム団長はすぐに王宮の『癒し手』を呼んだが、効果はなかった。
老いた龍の毒ウロコは、すでにクルティカの体内で溶けてしまっており、呪詛は骨に深く食い入っていた。
王宮の癒し手は、アデムとクルティカに言った。
『けっして、剣に触れてはなりません。指一本でも触れれば毒がさらに周り、命にかかわります』
つねに沈着冷静な女騎士、アデム団長ですら顔色を変え、呪詛を中和する方法を尋ねたが癒し手は首を振った。
『中和魔法はありません。この流派はよほど力があったんでしょう。呪いの力が強すぎる。
剣を持たなくても、この毒は着実に効果を発揮します。指先の黒化が肘を過ぎ、肩を越えて心臓に達したら……』
『どれくらいの期間がある? 心臓に車で、どれほどの猶予があるのだ!』
アデム団長が美貌をすごませて尋ねたが、癒し手は気の毒そうな表情でクルティカを見るばかり。
『もって3年……あるいは2年か……』
18歳のクルティカにとって、はるかかなたにあったはずの死が耳元でまがまがしい歌をうたった瞬間だった。
3年、あるいは2年。
剣を取ってしまえばもっと短い期間で、クルティカ・ナジマの寿命は尽きるのだった。
それを、クルティカもロウ=レイも知っている。
武具がずらりと壁に並ぶ蒼天騎士団寮の武具室で、礼装用のマントに身を包んだロウ=レイに向かい、クルティカは言った。
「もう行けよ。おまえも遅れるぞ」
「……今日の『騎士揃え』には、どうしても来てほしいのに。
あたしの人生が変わる日なのよ。この春から、決まっていたことなのよ」
ロウ=レイはマントを整え、腰に吊った細い剣――レイピア――をかちゃりと鳴らした。
クルティカはふざけて、
「はあ? なんか悪いものでも食ったかロウ? ケネス王ご臨席の『騎士団揃え』で、まちがっても抜刀なんかするなよ。騎士籍をはく奪されるぜ」
「そんなこと、するわけないでしょう。『騎士訓、四条。騎士たるもの、みだりに抜刀すべからず』……」
そう言った瞬間、ロウ=レイの細い剣がひらめいた。クルティカの浅黒い顔のきわを、流星のごとく刃がかすめていく。
逃げ遅れた髪が数本、斬られて落ちた。
「いったそばから抜くなよ、バカ!」
「攻撃に対する反射神経は変わらないのね、さすがだわ」
ロウ=レイは剣をおさめた。わずか150タールの身長から繰り出される鋭さは、五大騎士団でも群を抜く。その速さ、風のごとし。疾風迅雷。
ただし、主なき暴風だ。騎士となって4年、いまだに攻撃力の自制ができないのがロウ=レイの欠点である。
「そのレイピア、制御法を身につけろよ」
「もういいの。今夜を過ぎれば、何もかも変わるから」
「なんだって?」
変な顔のクルティカを見て、ロウ=レイはふっくらした唇に微かな笑いを乗せた。
「ほんとに、来ないの?」
「行かない。ここから見ている」
クルティカは武器庫の窓を指さした。窓は王宮前広場を見下ろす場所にあり、今も花柱からぱたぱたと五色の旗がはためいているのが見えた。
「うん――じゃあ。気が変わったら、すぐに広場に降りて来てね」
そういうとクルティカの幼なじみは武器庫を出ていった。クルティカはロウ=レイが持ってきたマントを脱いで丁寧にたたみ、椅子に置いた。
壁に並ぶ武具を眺める。
ふと、ひとつの武具へ手を伸ばした。
その瞬間、すさまじい大声がクルティカの背後で爆発した。
「あーーーー! 剣に触っちゃダメだって、いったよね? 僕、言ったよね、あんたに!?」
振りかえると、白い『癒し手』の衣装を着た若い男がモタモタと走ってくるところだった。
もっちりした体つき、丸々した顔。柔らかそうな手。衣装もふんわりしていて白いから、まるで丸井城パンの洋だった。
ただし、うかつに武器に手を伸ばしたクルティカをにらむ眼は、怒りに燃えている。
……だれだ、コイツ?
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