第1章「蒼天騎士は、つねに雲の上にあるべし」 第1話「運命のひとは『突発性沸騰・美少女』」

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第1章「蒼天騎士は、つねに雲の上にあるべし」 第1話「運命のひとは『突発性沸騰・美少女』」

338b102e-22eb-4798-8dc6-7a889d2426cc(UnsplashのRamy Kabalanが撮影)  おれに『運命のひと』がいるのなら、そいつは茶色の髪とキラキラした目をして……龍のいる洞窟で文句を言うのが得意な少女だ。  18歳になる蒼天騎士、クルティカ・ナジマは、目の前で剣をかまえる女騎士、ロウ=レイを見ながら思った。  細身の剣をかまえたロウ=レイは、ひくい声でつぶやく。 「クルティカ……話が、違うじゃないの。騎士団が依頼されたのは、孵化したばかりの仔龍の退治だって言ったわね? これの、どこがコドモなのよ!」  じめりとした暗い洞窟の壁に、19歳になったばかりのロウの声がぶつかった。  シュウシュウという古龍の吐き出す瘴気が黒い霧になる。  まがまがしい霧は170タール以上ある長身のクルティカさえも、あっさりと巻き取ろうとしている。洞窟内の毒素が革長靴を通じてしみ込む。  クルティカは黒玉のような眼で冷静に龍をにらんでロウ=レイに答えた。 「村が蒼天騎士団へ依頼したのは『仔龍退治』だった。間違いない」 「へえええ? これがコドモ?」  じりっ、とロウ=レイの150タールしかない身体が前へ進んだ。  あきらかに、龍との距離を詰めている。 「どう見たって、コイツは100年を超えている年代物よ。150年を超えているかも」  ロウ=レイの言葉に、龍は しゅううううっ! と笑った。 『100年だと? 甘く見られたな。この地に生まれて、すでに200の年を越えたわ』 「にひゃく……っ」 「まずい。ロウ=レイ、下がれ。いったん退却して、陣を組みなおそう。古龍の退治となれば、二人じゃ無理だ」  言いながら、クルティカの眼はすでに退却路を探し当てている。 「ロウ、おれが『天地狂わせ』の玉に火をつけて投げるから、元の道を戻れ。 薬で龍の認知能力はにぶる。だから洞窟の出口まで一気に走るんだ」  ロウ=レイに指示を出しながら、クルティカは、きりきりと脳内が鋭く澄み切っていくのを感じる。この世の何よりも好きな『慎重と正確』がクルティカのたくましい背筋を駆け抜けていく。  しかしロウ=レイには別の考えがあるらしい。古龍の鼻先へ向けて距離を詰める。 「逃げるなんてイヤ。一気にやる」 「よせ、ロウ。おまえのレイピアじゃ、無理だ。  そのレイピアは速度を出すために、刃も柄もぎりぎりまで軽量化してあるだろう。古龍を相手にするには力が足りない。せめて長剣を使うべきだ」  長身のクルティカなら幅広の長剣を簡単に使いこなすが、小柄なロウ=レイは男騎士に比べて筋肉量が少ないため、軽い剣を愛用する。  だいいち、たった二人で200年を超す古龍を退治するのは不可能だ。  クルティカは冷静に言った。 「200歳を過ぎた古龍の牙と、毒爪の危険性はわかっているだろう?」 「忘れた」  ロウは振り返りもしないで言った。  幼なじみのクルティカには、顔を見なくてもロウの緑色の眼が燃え上がっているのが分かる。  ロウ=レイの別名は『突発性沸騰派』。いつだって、無理・無茶・危険が大好きな騎士なのだ。  だが、ロウの沸騰にクルティカが付き合う必要はない。クルティカはじわじわと退路に向かった。   「じゃあ、おまえは置いていく。龍にでも何でも食われちまえばいい」 「冷たいわね、クルティカ! 幼なじみでしょ! 同期騎士でしょ!?」。    ああそうだ、とクルティカは考える。  おまえは幼なじみで、俺の運命の女で……だがいつだって後先を考えずに突っ込み、後のしりぬぐいは丸ごとおれまかせの、困った女だ。   「勝手にしろ。おれは行くぞ。二人でまともに戦える相手じゃない」  しかし『突発性沸騰派』は威勢よく言い返す。 「ばかね、クルティカ。何だって、やってみなきゃ結果はわかんないでしょう! あんたって男はいつもグジグジ言っていて、完璧な作戦ができるまで動かないんだから!」 「危険性をぎりぎりまでそぎ落とす作戦を作り上げる。だから成功するんだ。 お前みたいに、頭より先に足が突っ走っているようじゃあ、仔龍すら退治できない」 「現場で必要なのは間合いと気合でしょっ! 行くわよ!」  次の瞬間、ロウ=レイのしなやかな身体が暗い洞窟で跳んだ。  剣を振りかぶり、鉄のようなうろこが並ぶ龍の胴体へ、一直線に向かっている。 「――ちっ、ばかロウめ」  吐き捨てて、クルティカも後を追った。  だが逃げる予定で距離を取っていたせいで、すぐにロウ=レイの防御位置に入れない。  そのすきに老いた龍は耳まで裂けた口を開き、鋭い毒牙でロウに襲いかかった。  危ういところで、ロウの茶色の巻き毛が龍の真紅の口を逃れる。  しかしロウはあきらめない。  地面を踏んだかと思うとふたたび間合いを詰め、今度は龍の胴体を踏みつけて顔の位置まで飛び上がった。  真ん丸の黄色い目玉に向かって剣を構える。 「ティカ、今よっ!」 「承知っ!」  ロウ=レイが龍の目に剣を突き刺すのと同時に、クルティカはウロコの隙間を長剣で斬りつけた。  ずぶり、という手ごたえがある。  刃に絡みつくような肉に、クルティカは全身の重みを乗せて剣を突き入れていく。  すさまじい叫び声が洞窟じゅうに響きわたった。耳が割れるような共鳴音だ。  クルティカは場所を変え、二度、三度と刃を入れた。  龍は鋭いトゲのある尾を振り回し、苦痛にのたうちまわる。  毒トゲをよけながら、 「ここまでだ……ロウ、逃げるぞ!」 「いやよ、とどめを――」 「この大きさ、この強さの古龍とまともにやりあうなんてバカだ! 退却する!」 「ここまで追い詰めたのに。ねえ同時攻撃で――」 「いい加減にしろ!」  片眼をつぶされて怒りくるう龍が迫る。クルティカは小柄なロウ=レイを肩に担ぎあげ、あわてて『天地狂わせ』を投げつけた。  ――ころん。  龍を混乱させるはずの薬液入り爆薬は、固いウロコにぶつかって転がっただけだ。 「えっ?」  クルティカの肩に担ぎあげられたロウ=レイが言った。 「ティカ、『天地狂わせ』に点火した?」 「……忘れた」  振りかえると暗い洞窟のなか、手負いの古龍がすさまじい声を上げながら近づいてくる。  クルティカは舌打ちして、肩からロウ=レイを放り出した。 「痛っ! クルティカ、次はもっと丁寧に降ろしてよ!」 「命があればそうする! 先に逃げろ、ロウ!」  叫んだクルティカは幅広の長剣をかまえて、腰を落とす。   龍を迎え撃つためだ。  片目をつぶされ、怒りくるう古龍がクルティカの間合いに入ってくる――。
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