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 何とか自力で家まで帰ると、母と姉たちは血相を変えて、お抱えのお医者さんへ連絡した。  「大至急お越しになって! 息子が死にそうなんです」  急いで駆けつけ、診察してくれたところ、左足の骨折と全身の打撲で、本来なら入院すべき大怪我だと告げられた。  僕は「入院だけは…学校へ行きたいので」と涙ながらに懇願した。  母や姉たちはもらい泣きして、わんわんとお医者さんの足に縋りついた。  「では、毎日私がここに見に来ますので、必ず診察に応じてくださいね」と、お医者さんはため息をついた。  僕が「はいっ」と元気よく笑顔で答えると、みんな安堵し、ようやくその場が和やかになった。  翌日、僕は松葉杖をつきながら、正午過ぎに登校した。  顔のほとんどを包帯で覆い、髪色でかろうじて誰か分かるほどだった。  ガラッと教室のドアを開けると、全ての視線が一瞬で僕の身に注がれた。  授業中にも関わらず、クラス全体がざわついている。  着席する前に、女子が「西浦君! 大丈夫なの? そんな怪我で来て」と悲鳴に近い声を上げた。  僕は唯一表情の読み取れる目と口元で、精一杯の微笑みを表現し、「ごめんね、こんな格好で…それでもみんなに会いたくてさ」とつぶやいた。  先生も女子たちも「何て健気なんだろう」と感激し、中には涙を流す者もいた。しかし、僕は全く違う感情を抱いていた。  「そうか。怪我をしたら、こんなに心配されるんだ。これはいい」  まるで新しい玩具を買ってもらった子どものように、心が晴れやかだった。
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