1/1
前へ
/11ページ
次へ

 三カ月も経つと傷はすっかり癒えて、誰もそのことに触れなくなっていた。  「僕、この間、ほんとに辛くてさ」と口走ると、「俺も昔、両足骨折したことあるよ」などと打ち消されてしまうくらいだ。  さらなる手段を考えなくては。  散々、頭をひねったあげく、僕はまた怪我をすることにした。  あの視線を集めるためには、もっと過激なことをしなくては。  「骨折と全身打撲以上の怪我か…」  両足骨折やリンパ腫など他の猛者を上回るような痛々しい何か。  僕はそっとコンパスに手を伸ばしていた。  針の部分のキャップを外すと、その切っ先を思いきり右目に突き刺した。  また、家族の悲鳴とお医者さんの呆れ顔。  でも、僕の心は踊っていた。  血まみれになり、激痛を伴いながらも、教室へと一歩足を踏み入れた瞬間の喜びを想像していた。  このころから、学校への登下校は姉たちが車でしてくれるようになった。  僕は、包帯を巻き付けた右目を抑え、うきうきしながら教室へ向かったのだが、そこには思い描いたものとは違う光景が広がっていた。  これまでの英雄視とは全く違う反応。  無関心。  中には、蔑むものもいた。  片目でも、淀んだ灰色の悪意が教室の空気に伝染していくのが分かった。  そして、誰かの冷ややかな声が、ぽつりと聞こえた。  「普通、ああはならないだろ。マジで、かまってちゃんだよな」  声の方を振り返ったが、群衆のどこから聞こえたのかは分からなかった。  僕の生きる場所は、完全になくなった。  あの快感を与えてくれた鮮やかな聖地は、一瞬で色褪せ、無残にも崩れ落ちていった。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加