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3.雪菓子と紫の花
アルシュは少し歩いたところで、後ろに人の気配がないのに気がついた。振り返れば遥か後方で、ユノースが何やら少年と話し込んでいる。
「ユノース!」
「あ、アルシュ様」
ユノースの前に立っているのは花売りだった。花売りの少年は、ユノースに自分の籠の花を買ってくれと頼んでいる。仕方なくアルシュはユノースのところまで走った。
「ごめんね、今日は自分のお金を持ってないんだ」
適当にあしらえばいいものを、ユノースは真剣に謝っていた。また今度買いに来るから、と言えば少年はうつむき、ユノースもしょんぼりした顔をする。
(……あああああ!)
アルシュは、とても見てはいられなかった。
「その花は、いくらだ?」
「え? 旦那様が買ってくれるんですか?」
少年の顔が、きょとんとこちらを向く。
「……ユノース、お前が好きな花を選べ」
「えっ? どれも綺麗だけど……。じゃ、じゃあ、これを」
ユノースがおろおろしながら選んだ淡い青と白の花を、少年は満面の笑顔でユノースに渡した。アルシュが代金を支払うと、少年は籠の奥に一輪だけあった紫の花を差し出す。
「この紫の花は旦那様に! こちらの方の綺麗な瞳と同じ色だから!」
不思議そうに紫の花を見るユノースに、花売りの少年はニコッと笑って言った。
「この花はきっと、旦那様のお好きな色です!」
「紫が、アルシュ様の好きな色?」
咄嗟にアルシュはユノースの手を握り、猛然と歩き出した。後ろから元気よく「ありがとうございました!」と少年の明るい声が響く。
「あ、アルシュ様。今の」
息を切らしながらついてくるユノースに、アルシュは何も言えなかった。
(あの、ませガキ……!)
ユノースが今、アルシュの顔を見たら、驚きで目を丸くしたかもしれない。アルシュの顔は真っ赤だった。執事の頭の中には、ぐるぐると一つの言葉が浮かんでいた。
(好きな色だと……! 紫が俺の好きな色だと言うのか。いや、それよりも花を買ってしまった。ユノースに、花を)
思いがけないことをした自分に眩暈がする。おまけに花を手にしたユノースは驚くほど可憐で胸が震えた。
目当ての店の前まで来てようやく、アルシュは気がついた。自分がずっと、ユノースの手を握っていたことに。
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