3.雪菓子と紫の花

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 ユノースは、眠りにつく前にアルシュがくれた菓子を口にした。ほろりと崩れて、甘さだけがふわりと舌に残る。 (……あまい。おいしい)  思わず、にっこりと微笑んだ。雪のようにあっという間に溶けてしまう菓子は、ほんのりとユノースの心をあたためた。  二人で菓子を選んだ日から、アルシュとユノースの仲は少しずつ変化していった。ユノースはアルシュに声をかけられることが増え、前よりも頻繁に挨拶を交わすようになった。ただ、挨拶以上のことを話す機会はない。アルシュは、ユノースが思う以上に多くの仕事に追われていたのである。  ある時、ユノースはアルシュに呼ばれた。何だろう、知らぬ間に自分は何か失敗したのだろうかと不安に思いながら食器室のドアを叩く。食器室は執事の仕事場だ。高価な食器が棚に収められているからその名で呼ばれるが、部屋の中では事務作業も行われる。入るよう言われてドアを開ければ、机の上には大量の手紙と書類が積まれていた。  そして、やつれた様子のアルシュに、ユノースは目を丸くした。 「ユノース、すまないが手伝ってほしい。セオドア様が留守の間、とてもではないが手が足りん」 「セオドア様?」 「うちの家令殿だ。本来なら王都の屋敷を取り仕切る方だが、今は大旦那様の元に行っておられる」  ユノースはランヴィル公爵家の家令であるセオドアに会ったことがなかった。聞けば、五年前に公爵が代替わりして以来、隠居された前公爵の住む南領の屋敷と王都の屋敷を三か月ごとに行き来しているのだと言う。 「いつもなら三か月ごとにお戻りになるのに、今回はもう半年たつ。いよいよ南領に留まるおつもりなのかもしれない」  アルシュの言葉には、もうやりきれない、といった悲壮な響きがあった。  家令は財産管理や屋敷の管理などを受けもつ大事な仕事だ。その家令が屋敷を行き来して暮らすなんて聞いたこともなかった。
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