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とぼとぼと廊下を歩きながら、ユノースの心はどんどん重くなる。当主への挨拶は済んだのだから、後は荷物をまとめればいいだけだ。それでも、言いようがないくらい心が暗くなる。どうしても挨拶をしなければならない人がいる。半年もの間、ずっと世話になってきたのだ。ちゃんと自分の口で礼を言わなくてはいけない。そう繰り返しながら、とても出来る気がしなかった。
(……御礼と、さよならを、言わなくちゃ。……アルシュ様に)
言おう言おうと思っている間に日は過ぎた。明日には出発だと言うのに、ユノースはいまだにアルシュに屋敷を去ることを言えずにいた。
公爵が伝えるだろうと思っていたのに、なぜかウィラードがアルシュに話した様子もない。大げさなことになるのは嫌だったから、同室のヘンリックにだけは教えた。ヘンリックは、ユノースがリーシェに帰ると告げた日から、ずっと言葉が少ないままだ。
何が何でも、今日こそは伝えなければならない。いくらぐずぐず考えていても、出発は目前だ。明日の朝は早いのだ。
ユノースは、夕食後しばらくしてから食器室のドアを叩いた。今日のアルシュは朝から外出していて、使用人たちの夕食の席にも姿を現さなかった。遅くに帰宅すると聞いていたから、不躾だとは思ったが、夜に訪ねてきたのだ。
コンコン、とドアを叩いても返事はない。
(まだ、帰ってきてないのかな……。今日会えなかったら、もう二度と会えないかもしれないのに)
悲しい気持ちばかりが募って、胸が重くなっていく。
「ユノース!」
はっとしてユノースが振り返ると、外套をまとったままのアルシュが立っている。
「……アルシュ様!」
「何か用があったのか? ちょうどいい。中に入って」
アルシュは食器室のドアを開けた後、隣にある自室に入った。執事の部屋は、食器室のすぐ隣に用意されている。外套を脱いでアルシュが戻ってきた時、手には見慣れた包みがあった。
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