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「……お許しを。二度とこのような過ちは犯しません」
執事のアルシュが白い手袋に恭しく持った銀杯は一点の曇りもなく輝いていた。ユノースは、昨日確かにそれを銀器棚の一番上に戻したのだ。従僕頭のヘンリックと共に。
食器室は執事の仕事場であり、銀や硝子の高価な食器は執事が管理する。銀器を収める棚の鍵はアルシュしか持つことが出来ない。しかし、アルシュは昨晩遅くまで公爵の用で出かけていた為、鍵は従僕頭のヘンリックの元にあった。だからこそ、ユノースはヘンリックと二人で食器室に足を踏み入れたのだ。自分一人では心許ない。所定の場所に銀杯を収めた後にヘンリックがしっかり鍵をかけた。
それなのになぜ、銀杯が晩餐室に戻っていたのか。鍵を預かったヘンリックが色を失い、アルシュに弁明する。
「アルシュ様、確かにユノースは銀杯を棚に戻しました。その後、鍵をかけたのは私です」
「確かに戻したのなら、銀杯が棚から出るわけがないだろう? 足があるわけでもあるまいし!」
「であれば、誰かが……」
「不用意な言葉を口にするな!」
底冷えのするような瞳で射貫かれて、ヘンリックは黙り込んだ。
誰かが、銀器を新たに食器棚から出した。その事実を口にすれば、使用人たちを片端から疑わねばならなくなる。ざわめいていた者たちも、銀杯を持つ執事の剣幕に息を呑んだ。
ユノースは、ここで口答えをしても無駄だと思った。事実は一つしかないのだ。他の誰かが食器棚から銀杯を出したとしても、その相手を探し当てられなければ何もならない。
「見習いの分際で銀杯に触れる許可を頂いたのは、ウィラード様の広い御心の賜物。その御心を無下にするとは、そもそも執事になろうという気構えがあるのか?」
「お許しください。今後は気を引き締めてまいります」
「……次はないと心得ろ」
アルシュはもうユノースを見ようとはせず、一堂に解散を告げた。アルシュの言葉は、ユノースの心を深く傷つけた。
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