1.銀杯と鬼執事

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 ユノースは穏やかな自分の故郷が好きだった。これまで、自分がリーシェを出るなんて考えたこともない。家族の仲はいいし、伯爵家で働くのも好きだ。休日には湖で釣りをしたり読書をしたりして過ごす。そんなのんびりした生活がずっと続くと思っていた。  ユノースがカスター伯爵家で従僕として働き始めて、三年が経った時だ。王都から先代の公爵の弟であるセドリックがリーシェを訪れた。美しいものが好きで、リーシェの景観をいたく気に入ったセドリックは、カスター伯爵家にしばらく滞在することになった。気さくなセドリックは、執事の息子であるユノースにリーシェの案内をよく頼んだものだった。  そして、ある日、ユノースは当主のカスター伯爵に呼ばれたのだ。 『ユノース、しばらくの間、王都のランヴィル公爵家に行っておいで。セドリック様がお前にはもっと広い世界を見せてやりたいと仰せだ』  自分はその時、大層間抜けな顔をしていたことだろう。ぽかんと口を開けたままで、すぐには言葉も返せなかった。  カスター伯爵の言葉は、衝撃と言う他なかった。恐る恐る「なぜ、私にそのような……」と尋ねれば、伯爵はおっとりと答えた。 『……ランヴィル公爵家のように人の出入りの多いところで仕事をすることは、大変良い勉強になるだろう。王都の様子を知るのも大切なことだ。この先、お前にも幾つか任せたい仕事があるのだ。そのための社会勉強だと思いなさい』  そんな主の言葉に否と言えるはずもない。出世が約束され、格上の公爵家で仕事と教養を身に着けることができる。家族は驚いたものの、良い機会だと喜んでくれた。とてもではないが、嫌だと言えるような状況ではない。  微笑むセドリックに何とか礼を述べ、ユノースは荷物をまとめた。出発までの間、誰にも心の内を言えなかった。毎晩ベッドに入ると、涙がこぼれて枕を濡らす。故郷を離れたくない気持ちばかりが募って、食欲も落ちた。 (……それでも、来たからには頑張ろうと思っていたのに。自分なりに必死だったのに)  ユノースが止めようと思っても、涙は少しも止まらなかった。
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