2.妖精と公爵の思惑

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 アルシュは三人兄弟の末子で、物心つく前に伯父の養子になった。子どもに恵まれなかった伯父は、アルシュが自分の後を継ぐことを望んだ。アルシュは彼の期待を裏切ることなく育ち、日々ランヴィル公爵家に尽くしている。当主のウィラードは性格には色々問題があるが有能な主人であり、仕えることに文句はなかった。  ふと顔を上げれば、少し前の路上を猛然と走ってくる男が見えた。走ってきた男が、道の真ん中に立っていた細身の男にぶつかる。 「わっ!」 「あぶねえんだよ!」  細身の男は弾みで転んだが、ぶつかった男は振り向きもしない。アルシュの側を通り過ぎようとした瞬間、アルシュは男の前に長い足を出した。男はアルシュの足に引っかかって、見事に地面に転がる。 「お、おめえ、何しやがるっ!」  立ち上がろうとした男の首根っこを掴み、アルシュは地面に思いきり叩きつけた。男の背後から体重をかけてのしかかる。 「……出せ」 「な、なに……」 「今、お前が相手から奪ったものをすぐに出せ」 「何を言って……」  アルシュはもう片方の手で、男の腕を後ろにねじり上げた。 「ひっ!」 「この腕の一本位折っても構わんだろう、盗人!」  ぎりぎり、とさらにねじり上げると、男は大きな悲鳴を上げた。  アルシュが革袋を手に歩いていくと、細身の男が真っ青になって立っている。うろうろと歩き回っては、また立ち止まる。陽射しにきらめく銀の髪は、王都ではあまり見ることがない。アルシュは小さなため息をついて、声をかけた。 「ユノース、お前が探しているものはここだ」  くるりと振り返った顔が、自分を見るなりあっという間に曇っていくのを見て、アルシュの心もずんと落ち込んだ。 「ア、アルシュ様! それは……!」 「先ほどお前にぶつかった男が奪ったものだ。あれはスリだ」 「……え、えっ」  大きな紫の瞳が見開かれ、見る間に潤んでいく。今にも涙がこぼれ落ちそうだ。きっと今、ユノースの中では激しい後悔が渦巻いているに違いない。心優しい彼は、自分がまたしても失敗したのだと思っているのだろう。  アルシュが足早に近づいていき革袋を差し出すと、ユノースは頭を下げてそれを受け取った。顔を上げたユノースの目尻からは涙が一粒、ぽろりとこぼれ落ちた。
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