2.妖精と公爵の思惑

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「あ、すみませ……僕……」 (……! 泣いてる!)  アルシュは、これまでユノースの涙を見たことがなかった。自分に罵倒された時も、青い顔で俯くだけで下手な言い訳もせずに堪えている。我慢強く、芯の強い人間だと思っていた。そんなユノースが泣いている。こぼれ落ちる涙は、まるで真珠の粒がきらめくように美しかった。  指でごしごしと目を擦る様子に、アルシュは服の隠しにあったハンカチを素早く出した。ユノースの目にそっと当てれば涙が幾つも吸われていく。 「こすってはだめだ。綺麗な肌に傷がつく」 「……え?」 「お前の肌は繊細だから、こすらずにそっとふき取るだけの方がいい。それに涙は肌を痛めるし、目も腫れるだろう。あの男は逃げたが金は戻ってきたのだから、もう泣く必要はない」 「……はい」 「さっき、転んだだろう? けがはないか?」 「大丈夫です。特にどこも」 「そうか、よかった」  ユノースは、あまりの驚きに言葉を返すことが出来なかった。アルシュが自分の心配をしてくれたことが、現実だとは思えない。手の中の革袋ばかりが、ずしりと重みを増す。 (これをアルシュ様が取り返してくださった? それに、綺麗、とか繊細、とか何だか聞きなれない言葉を聞いたような気がする。最近、怒られすぎて耳がおかしくなってるのかな?)  アルシュはユノースの涙を拭き終えると、手に持ったままの革袋を見て、すぐにしまうように言った。こくりと頷いて、ユノースは金を鞄に入れる。買い物に来たのに、危うく購入前から金を失うところだった。 「ユノース、今日はどうして外に?」 「ウィラード様から、ローランド様に渡す贈り物をと仰せつかりました。この先に美味しい焼き菓子の店があるので、そこに行くようにと」 「……」 「アルシュ様?」 「私もそこに用がある。一緒に行こう」  ユノースは明らかに当惑しているが、アルシュはさっさと先に立って歩き始めた。当主が何を考えているのかは知らないが、ユノース一人で外を歩かせるのは不安だった。大きな瞳は不安げに揺れているし、まだ気持ちが落ち着いてはいないだろう。行き交う者たちの中で、明らかにユノースに目を向けている者がいる。また危険な目に遭うかもしれない。
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