優しい鬼退治の話

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優しい鬼退治の話

「やーい鬼!鬼めー!」 「お前みたいなデカい子供がいるもんか!おばけめー!」  とある辺境の村で、一人の少年が石を投げられていた。十三歳にして、身長2メートルを超える巨漢の少年。名前を桃太郎、という。 「お前、人間だって言い張ってるけど、どう見ても人間じゃないよな!」  貧しい農家の家で暮らす桃太郎は、近隣の村の子供達や大人達から忌み嫌われ恐れられていた。桃太郎の素行が悪いからではない。桃太郎の生まれと、大人達よりも大きな体躯が不気味がられたからである。  この国では、成人男性でも170cmを超える人間が少ない。桃太郎は、彼らからすると巨人か何かのように見えるようだった。もっと言えば、桃太郎は川を流れてきた巨大な桃から生まれた子供である。神様が流したのか、あるいは鬼が流したのか。桃太郎が成長するにつれ“あれは鬼の子に違いない”という噂が流れ、結果桃太郎は何もしていないのに子供達から石を投げられるようになってしまったのだった。  桃太郎は悔し涙を流しながらもやり返すことなく、必死で畑を耕し続けたのである。自分が言い返したり抵抗したりすれば、彼等は嬉々としてそのエピソードを尾ひれをつけて広めるに決まっている。やっぱりあいつは乱暴者だった、悪心の塊だった、危険極まりない怪物だ――そんな風になってしまえば、自分を育ててくれたおじいさんおばあさんにも迷惑がかかってしまうではないか。  どれほど悲しくても、苦しくても、我慢するより他ない。桃太郎はいつも、おじいさんおばあさんに申し訳ない気持ちでいっぱいだったのだった。 「ごめんなさい、おじいさん、おばあさん。僕が巨漢であるばかりに……桃から生まれたばかりに、お二人まで村八分の扱いを受けてしまっている」 「お前は何も悪くないんだよ、桃太郎。何も気にしなくていい」  頭を下げる桃太郎に、おじいさんとおばあさんはそう言ってくれる。しかし、桃太郎は次第に、いつまでも現状に甘んじるべきではないと考えるようになったのだった。  自分がこの村に、おじいさんとおばあさんの元にいる限りずっとこのままの状況が続くのではないか。二人は苛められ、淋しい思いをしたまま死んでいくことになるのではないか、と。 「おじいさん、おばあさん。僕は旅に出ようと思います。僕は旅に出て、鬼が島の鬼を退治しようと思います」  この国の都近く。その漁村が、鬼が島の鬼たちによって虐げられているという話を聞いた。鬼を退治すれば、帝からの名誉を受けられ、莫大な報奨金も出るという。  自分がこの場所からいなくなり、しかも帝に英雄として認められる働きをすれば、村の人達も考えを改めるのではないか。少なくとも、鬼の仲間と誤解される状況は変えられるのではないか。桃太郎はそう考えたのである。 「……わかった、桃太郎。ただし、これだけは覚えておいで」  おじいさんは桃太郎の旅支度を手伝いながら、こう言ったのだった。 「真実は一つだけとは限らない。人は常に、真実よりも“自分に都合の良い”真実ばかりを追い求めるものだ。愛がなければ見えないものもある。……自分の心の中に巣食う“鬼”に、けして負けてはいけないよ」
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