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「……こ、こんなことをして、ただで済むと思うなよ」
「あんたが先に手を出したんだよ。勘違いするな」
相手は震えながら唇を噛み締めている。彼が後ろを振り返ると、制服姿の大柄な男が二人、立木の影から出てきた。こいつの取り巻き、なのかな? 男たちが舐めるようにぼくを見る。男たちの後ろに駆け込んだ卑怯者に声をかけた。
「その頬、早く冷やさないと明日には二度と見られないような顔になると思うけど」
ぼくの言葉を聞いた途端に、顔を歪めて走り出す。ため息をつくと眼鏡がずり落ちてきた。いきなり叩かれた為にフレームが曲がっている。
「ずいぶん余裕じゃないか? まさかやり返してくるとはなあ」
「お返しをしなきゃまずいだろうな」
じりじりと距離を詰めてくる二人の男の目を見て言った。
「あんたたち、人の話聞いてた? 手を出してきたのはあいつの方だよ」
二人の顔に怒りが浮かび、アルファのオーラがぶわりと立ち上る。肌がぞわぞわと粟立った。流石に二人がかりでこられたらまずいな、と思った時だった。レモンの香りが辺りに立ち込める。目の前のアルファたちの動きがびくりと止まる。
「やめておけ」
聞いたことのある声がして、急に体が楽になった。ほっと息をつくぼくとは反対に、目の前の男たちの顔が、苦痛に歪む。
振り返れば、志堂が立っていた。この香りは彼から漂ってくるのだと気がついた。
目の前の男たちの体が前傾姿勢になり、ガタガタと震え出す。とうとう二人が地面にうずくまった時だった。
「まだ、この子に手を出す気か?」
「す、すみません……」
「もう、もう勘弁してください」
レモンの香りが弱くなると同時に、二人は必死で立ち上がって走っていった。ぼくは、手の中の眼鏡を見た。
「……あいつ、やっぱり、グーで殴ってやればよかった」
ぽつりと呟くと、押し殺したような笑い声が聞こえた。志堂が下を向いて肩を震わせている。
「あ、ありがとうございました。でも、どうしてここに」
「一緒に帰れないかなと思って、昇降口に向かったんだ。校舎裏に行くのが見えたから追いかけてきた」
「先輩の名前で呼びだされたんですよ。変だとは思ったんだ」
ぼくは下駄箱に入っていた小さな紙を見せた。
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