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うっとりした顔で言う使用人に、ぼくは言葉を飲み込んだ。これでもぼくは、そこそこ頭が回る末子なのだ。下手なことを言って、両親の耳に入ったらまずいこと位はわかる。番はアルファとオメガの間に成立する特別な繋がりで、さらに父母は万に一つと呼ばれるような貴重な絆をもつ。それでも。
(絶対の幸せなんて、この世にあるのかな? どんなに好きなものだって、時間が経ったら大抵、もういいやって思うのに)
子どもの頃に毎日食べていたお菓子。
たくさん集めたカード。
あんなに何度も繰り返し読んだ本だって、いつの間にか、違うものに興味が移る。
それなのに、その『運命の番』だけが特別だなんて。
(……その人だけを永遠に好きだなんて、本当にあるんだろうか?)
胸の中のもやもやがうまく消えなかった。あの写真を見た時から、何とも言えない気持ちが胸に広がったままだ。
(そうだ、千鶴兄さんに聞こう)
ぼくは三人兄弟で、一番上の兄がアルファ、二番目の兄とぼくはオメガだ。何かわからないことがあると、同じオメガの兄はいつも丁寧に答えてくれた。部屋の扉を叩くと、次兄はぼくを招き入れた。
「千鶴兄さん」
「どうしたの? 千晴」
「ねえ、父さんと母さんは仲がいいけど、運命の番だからなのかな? そうじゃなくても、人は魅かれ合ったり、好きになったりするよね?」
「んー、運命に出会うのは宝くじなみに珍しいことだから、みんな夢を見るんだよね。そんなに真剣に考えなくてもいいんじゃない? アルファとオメガは少ないから、お互いに番うといいなんて言うけど、まあ、気が合えば別にベータでもいいよねえ」
「うん」
「恋愛って性別でするものじゃないでしょ。好きになった人が、運命だったら一番いいんだろうけど」
ふふふ、と兄が笑う。兄さんはすごく綺麗なオメガだけど、運命の番に憧れてるわけじゃない。何だかほっとする。
「どうしたの? 何かあった?」
ぼくは、兄さんに母さんから渡された写真を見せた。
「……ああ。千晴の運命ってやつかあ」
「兄さん、知ってたの?」
「お前、あんまり小さくて覚えてないんだね」
千鶴兄さんが長い睫毛を伏せて、ふう、とため息をついた。
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